モーツァルト「レクイエム」【歌詞と解説、名盤】

2020年10月5日

まずはダイジェストで聴いてみよう!

スラーで結ばれた2つの8分音符がはらはらと舞い落ちるような前奏は頬を流れ落ちる涙なのでしょうか。

それに続く悲哀に満ちた旋律は魂が天に昇るがごとくゆっくりゆっくりと昇りつめていきます。

まずはモーツァルトの絶筆となった「ラクリモーサ(涙の日)」を聴いてみましょう!

クラウディオ・アバド指揮
ルツェルン祝祭管弦楽団、バイエルン放送合唱団、スウェーデン放送合唱団
収録:ルツェルン音楽祭(2012)

「レクイエム」とは

「レクイエム」とは死者の安息を神に願うためにカトリック教会で行われる「死者のためのミサ」のことで、そこで用いられる楽曲も「レクイエム」と称されます。

「ミサ」とはカトリック教会における重要な典礼・儀式ですが、これはキリストの「最後の晩餐」に由来しています。

イエスはその席でパンを取り「これはわたしの体である」と言い、またぶどう酒を「これはわたしの血である」と言い、弟子たちに分け与えた上で「わたしの記念としてこれを行いなさい」と言ったと伝えられています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」

以来、カトリック教会でこれを典礼として行ってきたのが「ミサ」であり、そこでは神からのすべての恵みに感謝を捧げるため「感謝の祭儀」とも呼ばれています。

その「ミサ」で用いられる声楽曲が「ミサ曲」、そして「死者のためのミサ曲」「レクイエム」と言う訳です。

モーツァルトレクイエムも今日では演奏会の場で取り上げられる機会が多い作品ですが、本来の目的である「死者のためのミサ曲」として教会で演奏されることもある作品です。

歌詞はラテン語で書かれたカトリック教会におけるミサの典礼文に基づいていますが、その歌いだしが“Requiem æternam”(永遠の安息を)で始まることから、この「死者のためのミサ曲」全体が「レクイエム」と呼ばれています。

現在では本来のカトリック教会の典礼のための音楽と言う意味から離れて、「葬送のための音楽」「死を悼むための音楽」という意味で楽曲のタイトルとして使用されることもあります。

作曲の背景

レクイエム ニ短調 K.626はオーストリアの作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)が1791年に作曲した最後の作品です。

1787年、父レオポルトを亡くしたモーツァルトは翌1788年には「三大交響曲」と言われる交響曲第39番、第40番、第41番を立て続けに作曲しますが、元来の浪費癖もあってこの頃から借金がかさんでくるのがフリーメイソンの仲間で借金相手のヨハン・プフベルク宛ての書簡から伺えます。

モーツァルト最晩年となる1791年、この年の1月に最後のピアノ協奏曲となる第27番を書き上げたモーツァルトは続けて有名なオペラ「魔笛」に加え、皇帝レオポルト2世がプラハでボヘミア王として戴冠式を行う際に上演するため「皇帝ティートの慈悲」の作曲に取り組みます。

また私生活の面では7月に第6子で4男のフランツ・クサーヴァー・モーツァルト(1791-1844)が生まれています。(6人の子供の内、4人は早世しています。)

レクイエムの作曲の経緯についてはいかにも謎めいた伝承が遺されていますが、一般的に言われているのはこの1791年の夏のある日、モーツァルトのもとを見知らぬ使いの男性が訪れ、レクイエムの作曲を依頼し、高額な報酬の一部を前払いして帰っていったと言うものです。

さらにこの男性は依頼者の名前を決して明かそうとしなかったと言うのがさらにこの話しをミステリアスなものにしています。

依頼を受けたモーツァルトは「皇帝ティートの慈悲」の初演に立ち会うためにプラハへ赴いた後、9月中旬にはウィーンへ戻り、同月中には初演を控えていたオペラ「魔笛」を完成させています。

その後、いよいよレクイエムの作曲に取り掛かったモーツァルトでしたが、原因がわからないまま体調を崩したモーツァルトの健康状態は徐々に悪化し、11月20日頃には床を離れられなくなってしまいます。

1791年12月5日、ついにモーツァルトはレクイエムを未完のまま僅か35歳の若さでこの世を去ります。

12月10日、聖ミヒャエル教会で行われた追悼ミサで未完のままのレクイエムが演奏され、奇しくもレクイエムの初演はモーツァルト自身の魂の安息を祈るものとなりました。

聖ミヒャエル教会(ウィーン)

モーツァルトの死後、2人の遺児とモーツァルトが遺した負債を抱えた妻コンスタンツェ・モーツァルト(1762-1842)はこの未完の遺作を完成させるべく、補筆作業を進めようとします。

補筆作業はモーツァルトの知人や弟子など紆余曲折を経て、結局「魔笛」「皇帝ティートの慈悲」の浄書などモーツァルトの補助をしていたフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤー(1766-1803)が補筆をして全曲が完成されました。

最後の年に生まれた末子の名前フランツ・クサーヴァーをこのジュースマイヤーから取っていることから見てもモーツァルトといかに親密な関係であったかがうかがわれます。

尚、この作品には後年、ジュースマイヤーの補筆に対する批判から、ドイツの音楽学者フランツ・バイヤー(1922-2018)をはじめとする様々な音楽学者たちが独自の補筆による版を出版しています。

それらはジュースマイヤーによる版と内容的にもかなり異なりますので、CD等のご購入に際してはどの版を使用しているかご注意ください。特に記載のない場合はジュースマイヤー版と判断して良いと思います。

「レクイエム」謎めいた依頼者の真相

作曲の背景でも少し触れましたが、モーツァルトの絶筆となったこのレクイエムの依頼者が身元を明かさなかったことや、未亡人となったコンスタンツェの再婚相手、ゲオルク・ニコラウス・ニッセン(1762-1826)が著した伝記などにより、「モーツァルトは死の世界からの使者の依頼で、自らのためにレクイエムを作曲していた。」とのミステリアスな話しが伝わるようになります。

またモーツァルトが遺した書簡の中にもモーツァルト自身が死期が近づいているのを悟りながら、自身のために作曲している旨の記述がみられますが、これには自筆の書簡は失われており偽作との説もあるようです。

おまけにこの書簡を書いたとされる9月にはプラハとウィーンを往復しているわけですから、死期が近づいていると悟っていたとは思えないですよね。(ちなみにプラハ-ウィーン間は陸路だと東京-名古屋間と似たような距離です。)

夭折した天才作曲家モーツァルトの逸話としては多分に興味をそそられるミステリアスなお話ですが、1964年になってこの匿名の依頼者はフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵という田舎の領主であること、使者が伯爵の知人フランツ・アントン・ライトゲープ という人物であることが明らかになりました。

ヴァルゼック伯爵はアマチュア音楽家で、当時の有名作曲家に匿名で作品を作らせ、それを自分で写譜した上で自らの名義で発表するという行為を行っていたそうです。

そのヴァルゼック伯爵が1791年2月に若くして亡くなった妻の追悼のために、モーツァルトにレクイエムの作曲を依頼したというのがことの真相だったようです。

モーツァルトの死後、ジュースマイヤーの補筆によって完成されたレクイエムの総譜はヴァルゼック伯爵のもとに引き渡され、未亡人であるコンスタンツェは残りの報酬を得たそうです。

ヴァルゼック伯爵はこの作品を自作として発表したそうですが、コンスタンツェは筆写譜をもとにモーツァルトの作として出版し、世に知られるところとなりました。

モーツァルト「レクイエム」歌詞と解説

ここでは楽曲ごとに簡単な解説と歌詞は抜粋して一部をご紹介しています。

Ⅰ.イントロイトゥス:レクイエム(Introitus:Requiem)【入祭唱】

このレクイエム全曲の中で、唯一モーツァルト自身の手で最後まで完成されている楽曲です。

「レクイエムの主題」と呼ばれる冒頭の主題はその後も形を変えながら現れ、作品全体に統一感を出しています。(譜例①)

譜例①:「レクイエムの主題」

この「レクイエムの主題」はドイツのルター派教会で歌われてきたコラール(賛美歌)「わが死の時に臨みて」(Wenn mein Stündlein vorhanden ist)に基づいていて、この主題はモーツァルトの前にもヘンデル(1685-1759)がドイツからイギリスへ嫁いだキャロライン王妃(1683-1737)の死を悼んで作曲した「キャロライン王妃のための葬送アンセム」の中で用いています。(譜例②)

譜例②:ヘンデル『キャロライン王妃のための葬送アンセム』より

同じ主題をヘンデルとモーツアルトはどのように作品の中で扱っているのか少し聴き比べてみましょう。

ヘンデル『キャロライン王妃のための葬送アンセム』第2曲「The ways of Zion do mourn」

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮:モンテヴェルディ管弦楽団&合唱団

ヘンデルとは作曲年代が半世紀も異なりますので、作風も違って当然ですが、モーツアルトのレクイエムでは主題がより劇的に扱われ、その後に登場するソプラノ・ソロの清浄さを際立たせているような気がします。

歌詞は「Requiem æternam dona eis, Domine,(主よ、永遠の安息を彼らに与え)et lux perpetua luceat eis.(絶えざる光でお照らしください)」と合唱で歌われた後、「Te decet hymnus, Deus, in Sion,(神よ、シオンではあなたに賛歌が捧げられ)et tibi reddetur votum in Jerusalem.(エルサレムでは誓いが果たされます)」とソプラノ・ソロが清らかに歌います。

Ⅱ.キリエ(Kyrie)【憐れみの賛歌】

『Kyrie eleison(主よ、あわれみたまえ) Christe eleison(キリストよ、あわれみたまえ) Kyrie eleison(主よ、あわれみたまえ)』と言う歌詞が別々の旋律に乗り、二重フーガで描かれます。
(※歌詞はこの曲のみギリシア語で書かれています。)

最後の部分は実に堂々とした壮大な雰囲気で憐れみを「乞う」と言うよりは強く訴えかけているような気がしてなりません。

Ⅲ.セクエンツィア(Sequentia)【続唱】

世界の終焉にイエス・キリストが再臨し、あらゆる死者をよみがえらせて裁きを行い、天国へ行くものと地獄へ堕ちるものに裁かれる「最後の審判」が次の6曲で描かれています。

第1曲:ディエス・イレ(Dies iræ)【怒りの日】

世界の終末が訪れ、最後の審判の恐ろしさを歌った「ディエス・イレ(怒りの日)」は本作品の中でも最も激しい楽曲です。(譜例③)

譜例③:「ディエス・イレ(怒りの日)」冒頭部分

合唱による緊張感のある主題と掻き立てるようなオーケストラの響きが「怒りの日」を印象的に描きます。

歌詞は「Dies iræ, dies illa(怒りの日、その日は)solvet sæclum in favilla:(世界が灰燼に帰す日です。)teste David cum Sibylla(ダビデとシビラの預言のとおり)」と激しく歌われます。

第2曲:トゥーバ・ミルム(Tuba mirum)【奇しきラッパの響き】

神の楽器の象徴でもあるトロンボーンのソロに導かれバスが最後の審判について歌い出し、テノール、アルト、ソプラノのソロがそれに続きます。(譜例④)

譜例④:「トゥーバ・ミルム(奇しきラッパの響き)」冒頭部分

歌詞は「Tuba mirum spargens sonum(奇しきラッパの響きが)per sepulchra regionum,(各地の墓から)coget omnes ante thronum.(すべての者を玉座の前に集めるでしょう)」と死者が審判の場に呼ばれることを告げ、やがて隠されていたことは全て明らかとなり、罪を逃れるすべもなく、正しい人も不安を感じる厳しい裁きが始まろうとしていることを静かに祈るように歌います。

第3曲:レックス・トレメンデ(Rex tremendæ)【恐るべき御稜威の王】

荘重な付点のリズムが印象的な曲想はバロック音楽にみられるフランス風序曲を彷彿とさせます。

合唱の総奏で力強く歌われる「Rex!」「王」の意味です。「御稜威」はなかなか使うことのない言葉で読むのも難しいですが「みいつ」と読み、「神の威光」を意味しています。

歌詞は「Rex tremendæ majestatis,(恐るべき御稜威の王よ)qui salvandos salvas gratis,(救われるべき者を無償で救われる)salva me, fons pietatis.(慈悲の泉よ、私をお救いください)」と裁きを行う王である神の威厳を堂々と歌います。

第4曲:レコルダーレ(Recordare)【思い出したまえ】

純朴な響きの前奏に続き、四重唱が「Recordare Jesu pie思い出してください、慈悲深きイエスよ)quod sum causa tuæ viæあなたの来臨は私たちのためであるということを)」と神に慈悲を与えるように乞う静かな祈りを四重唱で歌います。

第5曲:コンフターティス(Confutatis)【呪われ退けられし者達が】

冒頭から緊張感のある激しい音楽が奏でられますが、これに対応した歌詞も激しく「Confutatis maledictis(呪われた者たちが退けられ)flammis acribus addictis(激しい炎に飲みこまれる時)」となっていますが、次に現れる女声が歌う柔らかいフレーズでは歌詞も「voca me cum benedictis(祝福された者たちとともに私をお呼びください)」と柔らかくなっています。

第6曲:ラクリモーサ(Lacrimosa)【涙の日】

モーツァルトの絶筆となったと言われている楽曲で、モーツァルトはこの曲の8小節まで書いてペンを置き、その後そのまま帰らぬ人となったとされています。

真偽の程は別としてモーツァルトの絶筆となった部分の歌詞は「Lacrimosa dies illa(涙の日、その日は)qua resurget ex favilla(灰の中からよみがえる日です)judicandus homo reus(罪ある者が裁きを受けるために)」となっていて、歌詞の内容に加え、悲しみに満ち溢れた旋律がまさに昇りつめたところで絶筆となっていることもあり、大変ドラマティックで有名な楽曲です。(譜例⑤)

譜例⑤:ラクリモーサ(涙の日)絶筆部分

冒頭のスラーで結ばれた2つの8分音符の音型は大変印象的で、はらはらとこぼれ落ちる涙のようにも感じます。

この曲がモーツァルトの絶筆となった部分と言われていますが、モーツァルトは曲順に作曲を進めていたわけでもなく、次の「オッフェルトリウム」についてもある程度の部分を書き残しています。

Ⅳ.オッフェルトリウム(Offertorium)【奉献唱】

パンとぶどう酒が捧げられる時に歌われる聖歌で、奉献されたパンとぶどう酒は「最後の晩餐」にならって、キリストの体と血である聖体へと変化します。

第1曲:ドミネ・イエス(Domine Jesu)【主イエス】

「Domine Jesu Christe, Rex gloriæ(主イエス・キリストよ、栄光の王よ)libera animas omnium fidelium defunctorum(全ての死せる信者の魂を)de pœnis inferni(地獄の罰と深淵からお救いください)」ではじまる歌詞が合唱によって歌われ、四重唱へと続きます。

「Rex gloriæ(栄光の王よ)」の歌詞の場面では「レックス・トレメンデ(恐るべき御稜威の王)」と同様に力強い付点のリズムの旋律で強奏されます。

第2曲:オスティアス(Hostias)【賛美の生け贄】

「Hostias et preces Tibi(賛美の生け贄と祈りを)Domine, laudis offerimus(主よ、あなたに私たちは捧げます)」の歌詞が清らかで美しい旋律に乗って歌われます。

後半の歌詞「quam olim Abrahæ promisisti(かつてあなたがアブラハムとその子孫に)et semini ejus(約束したように)」は前曲「ドミネ・イエス(主イエス)」の後半の歌詞と共通していることから、同じ音楽が付けられています。

Ⅴ.サンクトゥス(Sanctus)【聖なるかな】

この「Sanctus(聖なるかな)」からはモーツァルトの草稿が遺されておらず、ジュースマイヤーが作曲したとされていますが、現存していないだけで何らかのスケッチや指示があった可能性もあり、どの程度モーツァルトの創作が反映しているのかは定かではありません。

そのため20世紀に入って出版された批判版の中には削除されたり、大幅な改作が加えられているケースもあります。

「Sanctus(聖なるかな)」の歌詞がニ長調の晴れやかな響きの中で歌われます。後半は3拍子のアレグロになりフーガとなる短い楽曲です。

Ⅵ.ベネディクトゥス(Benedictus)【祝福された者】

前曲同様に穏やかな表情で「Benedictus(祝福された者)」ではじまる歌詞が歌われます。後半の歌詞「Hosanna, in excelsis(いと高きところにホザンナ)」は第11曲と共通している為、同じフーガが用いられています。

Ⅶ.アニュス・デイ(Agnus Dei)【神の小羊】

聖体へと変化したパンを信者へ配るために切り分ける際に歌われます。

神に世の平和を祈る聖歌ですが、「死者のためのミサ」である「レクイエム」では、この平和の祈りの部分を死者の安息を祈った「Dona eis requiem(彼らに安息をお与えください)」に変えています。

「神の子羊」とは生贄の象徴であり、すなわち人間の罪に対する贖いとして生贄の役割を果たしたイエス・キリストのことでもあります。

「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi(この世の罪を取り除く神の小羊よ)dona eis requiem(彼らに安息をお与えください)」の歌詞が繰り返されますが、冒頭のバス主題は第1曲冒頭で歌われる「レクイエムの主題」に基づいています。(譜例⑥)

譜例⑥:第13曲「アニュス・デイ(神の小羊)」冒頭部分

Ⅷ.コムニオ:ルックス・エテルナ(Communio:Lux æterna)【聖体拝領唱】

聖体となったパンとぶどう酒を拝領する際に歌われる、死者が永遠の光に照らされることを神に祈る聖歌です。

洗礼を受けたカトリック信者は聖体をいただくことでキリストと一つとなるのです。

「Lux æterna luceat eis, Domine(主よ、彼らを永遠の光でお照らしください)Cum Sanctis tuis in æternum(聖者たちとともに永遠に)quia pius es(あなたは慈悲深くあられるのですから)」ではじまる歌詞が前曲から切れ目なく演奏されます。

音楽は冒頭の「イントロイトゥス」「キリエ」の音楽が回帰し、全曲に統一感を出すとともに壮大なフーガで感動的に締めくくられます。

解説のまとめ

モーツァルト最後の作となる本作はここまで触れてきたように補筆者であるジュースマイヤーの手による部分も多く、楽曲によってはモーツァルト自身がどの程度創作に関わったか不明な点も多々あります。

かと言ってモーツァルトの死後数百年に渡って人々を感動させ、惹きつけてきた魅力が何ら損なわれるものでもありません。

解説ではカトリック教会での典礼の用語や内容も含まれている為、少し難解に感じられる方もいらっしゃるかも知れません。

演奏時間が1時間近くに及ぶ大作で、クラシック初心者の方は敬遠しがちの音楽かも知れませんが、あまり先入観を持たず心惹かれる楽曲から聴いてみると良いのではないでしょうか。

※歌詞の日本語訳はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「レクイエム」から引用させていただきました。

モーツァルト「レクイエム」youtube動画

モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626
Ⅰ.イントロイトゥス:レクイエム(01:19)
Ⅱ.キリエ(05:46)
Ⅲ.セクエンツィア
 ①ディエス・イレ(08:13)
 ②トゥーバ・ミルム(10:09)
 ③レックス・トレメンデ(13:29)
 ④レコルダーレ(15:31)
 ⑤コンフターティス(20:27)
 ⑥ラクリモーサ(22:49)
Ⅳ.オッフェルトリウム
 ①ドミネ・イエス(25:52)
 ②オスティアス(29:25)
Ⅴ.サンクトゥス(32:52)
Ⅵ.ベネディクトゥス(34:30)
Ⅶ.アニュス・デイ(38:52)
Ⅷ.コムニオ:ルックス・エテルナ(41:45)

ジェイムズ・ガフィガン指揮:フランス国立管弦楽団フランス放送合唱団
ソプラノ:マリータ・ソルベルグ
メゾ・ソプラノ:カリーヌ・デエ
テノール:ジョセフ・カイザー
バス:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

収録:サン=ドニ大聖堂

モーツァルト「レクイエム」名盤

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モーツァルト:レクィエム ニ短調 K.626

カール・ベーム指揮:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ソプラノ:エディット・マティス
アルト:ユリア・ハマリ
テノール:ヴィエスワフ・オフマン
バス:カール・リッダーブッシュ
ウィーン国立歌劇場合唱連盟


オルガン:ハンス・ハーゼルベック
録音:1971年(ウィーン、ムジークフェラインザール)

レクイエムの演奏様式は20世紀後半に巻き起こった古楽の一大ムーブメントでずいぶん趣が変わってしまった感がありますが、ここでご紹介するベーム&ウィーン・フィルによる演奏はそれまで主流であった荘重で重厚な演奏の極め付きと言える演奏です。

様々な古楽器のオーケストラによる演奏を一括りにすることは出来ませんが、概してそれらの録音と比べるとテンポも遅く、ドラマティックでオペラ的と批判されることもありますが、録音から半世紀経った現在でも愛聴され続けている名盤であることには変わりありません。

ウィーン・フィルの本拠地ムジークフェラインザールでの録音ですが、目を閉じて心静かに聴いていると、残響の豊かなヨーロッパの大聖堂で聴いているような感覚に陥ります。

声楽のソリスト陣ももちろん素晴らしいですが、それに負けず劣らず壮大な合唱も感動的で素晴らしい録音です。

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