トロンボーンは神の楽器?その歴史と共に解説!
目次
まずはこちらの動画をご覧ください!
まずは次にご紹介する動画をトロンボーンに注目しながらご覧ください。
ワーグナー「タンホイザー」序曲より
アンドリス・ネルソンス指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
シューマン「交響曲第3番《ライン》」より
ミヒャエル・ボーダー指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
いかがでしたか?
ワーグナー「タンホイザー」序曲ではとても力強く、勇壮な響きで壮大な旋律を奏でています。
シューマン「交響曲第3番《ライン》」ではワーグナーとは対照的に、とても柔らかく包み込むような響きの中にも哀愁を感じる旋律を奏でています。
今回は時には力強く勇壮に、時には柔らかく温かい表情を見せるトロンボーンの魅力をその歴史と共に解説してみたいと思います。
トロンボーンの祖先「サックバット」
トロンボーンの歴史は古く、遡ればトランペットと同じように古代のラッパにそのルーツを見ることが出来ます。
紀元前の古代エジプトでは既に金属製の軍用ラッパが使われていたことが出土品からわかっていますが、西洋音楽の歴史の中で今のトロンボーンの原型が登場するのは15世紀ごろのこととされています。
これはトランペットの原型から派生し、スライドを動かすことによって管長を変え、自在に音程を変えるトロンボーンの最も大きな特徴を備えている点では現在のトロンボーンと共通しています。
このトロンボーンの祖先は国によって呼称が異なりますが、英語ではサックバット(sackbut)と呼ばれ、15世紀から17世紀にかけて用いられ、その後現在のトロンボーンへと発展していくことになります。
サックバットは現在のトロンボーンに比べるとかなり細身でベルの内径もかなり小さい楽器です。
音域はアルト、テナー、バスなど管長の異なる複数のサックバットによってそれぞれ違いますが、成人男性の声域に近く、またトランペットは音程を自由に変えることが出来るヴァルブシステムが導入されるずいぶん前のことで、限られた音しか出せなかったのに対し、サックバットは自由に半音階を演奏することが出来たために、教会の中で演奏される声楽の伴奏などに用いられ重宝されました。
サックバットは楽器の形状から現在のトロンボーンよりも音量は小さいですが、その代わりに素朴で柔らかい響きを持っています。
youtubeにこのサックバットを含むアンサンブルの演奏動画がアップされていますので少し聴いてみましょう!
ジョヴァンニ・ガブリエーリ『サクレ・シンフォニーエ 第1巻』より「Beata es virgo(祝福された乙女)」(1597年)
The English Cornett and Sackbut Ensemble
こちらの演奏動画では角笛を起源に持つ※コルネット(ツィンク)と呼ばれる古楽器とテナー・サックバット、バス・サックバットがそれぞれ2本ずつ使われています。
※現在使われているトランペットに似た形状のコルネットとは異なる楽器です。
現在のトロンボーンのような輝かしく力強い響きはありませんが、心に響く純朴な美しい響きが印象的ですね。
このサックバットは活躍の場所が教会中心であったこともあり、神聖なイメージと結びついたためか、やがて発展していくトロンボーンも含めて「神の楽器」として印象付けられることになります。
逆に教会音楽以外の世俗音楽の分野では神聖な場面等、そのイメージと結びつく場面以外では登場の機会は少なかったようです。
トロンボーンの登場
「大きなトランペット」を意味するトロンボーンは先ほどご紹介したサックバットが発展し、18世紀になるとより大きく力強い音が得られるようにベルの大きさが徐々に拡大していくことになります。
しかし、長らく教会音楽を中心に用いられてきたことから、世俗音楽のオーケストラ作品の中で活躍する機会はなかなかありませんでした。
教会音楽以外で使われる場合でも神や超自然的なものを象徴する場面で使われることが多かったようです。
モーツァルト最後の作品となった有名な『レクイエム』の第4曲「トゥーバ・ミルム」(奇しきラッパの響き)では最後の審判の始まりを告げるラッパの響きをトロンボーンが描写した後、バスが最後の審判について歌います。
モーツァルト『レクイエム』第4曲「トゥーバ・ミルム」より
マンフレート・ホーネック指揮:DR放送交響楽団(デンマーク放送交響楽団)
トロンボーン:Brian Bindner
トロンボーンと言う楽器が「神の楽器」の象徴として使われた典型的な例ですね。
そんなトロンボーンの歴史の大きな転換点になったのはベートーヴェンの交響曲第5番「運命」でした。
ベートーヴェンはこの交響曲の第4楽章で初めて「神聖な楽器」であったトロンボーンを交響曲に使いました。
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」第4楽章より
ジェラード・シュワルツ指揮:All-Star Orchestra
この作品以降、徐々に交響曲をはじめとする管弦楽作品の中に登場する機会が増えたトロンボーンは、19世紀後半の後期ロマン派に至って、オーケストラの規模が大きくなるにつれて、なくてはならない存在感のある楽器へと発展していくことになります。
トロンボーンの種類
他の管楽器同様に、トロンボーンにも様々な音域に対応した複数の楽器が存在しますが、主にオーケストラで使われるのはテナートロンボーンとより低音域での操作性を重視したバストロンボーンの2種類です。
次の動画ではトロンボーン・アンサンブルの中でテナートロンボーンとバストロンボーンの二重奏を聴くことが出来ます。
優しい男性の声の様に柔らかい響きのある音色に魅了されます。
バーンスタイン:『キャンディード』より「Make Our Garden Grow」
the Armed Forces Octet(The US Army Field Band)
テナートロンボーン:Tim Dugan
バストロンボーン:Brian Hecht
トロンボーンが活躍するオーケストラ作品
ご紹介する動画はいずれもトロンボーンが活躍する場面を含んだ数分の短いものです。それぞれの作品についてはリンク先の記事で詳しく解説していますので、関心のある作品がありましたら、ぜひそちらもご覧ください。
ラヴェル「ボレロ」
ワレリー・ゲルギエフ指揮:マリインスキー劇場管弦楽団
トロンボーン:Aleksey Lobikov
トロンボーンにとってはかなり高い音域のソロで、しかもそれまで登場する場面がなく、長い休みの後にいきなり吹くのが難易度の高いソロと言う、トロンボーン奏者にとっては神経質にならざるを得ない、嫌なソロです。(譜例)
ストラヴィンスキー「火の鳥」
サイモン・ラトル指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
バルトーク「中国の不思議な役人」
ズビン・メータ指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ミュート(弱音器)を付けたトロンボーンがある種ヒステリックにも感じる響きで、少女を執拗に追いかけまわす不気味な中国の役人を見事に表現しています。
マーラー「交響曲第2番《復活》」
ダニエレ・ガッティ指揮:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
作品そのものが「生と死」をテーマにしていると言ってもよいこの交響曲の中でもトロンボーンは印象的に使われています。
まとめ
いかがでしたか?
今回の記事ではトロンボーンが「神の楽器」の象徴として教会音楽で使われてきた歴史を振り返りながら、その前身のサックバットについても解説してみました。
19世紀以降のオーケストラでは欠かせない存在のトロンボーンが、その古い歴史にも拘わらず限られたシーンでしか使われない時代があったなんて意外ですね?
勇壮で力強い響きから柔らかく温かい響きまで表現の幅の広いトロンボーンの魅力を少しはお伝えすることが出来たでしょうか?
機会があれば、その独特な奏法などについてもまた解説してみたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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