ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」【解説と無料楽譜、おすすめの名盤】
目次
作曲の背景
亡き王女のためのパヴァーヌ(仏:Pavane pour une infante défunte)はフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル(1875-1937)が作曲したピアノ曲、及び管弦楽曲です。
パヴァーヌとは16世紀のヨーロッパで普及した舞踏の一つですが、リズミカルなダンスとは異なり、当時の貴族たちが舞踏会場に入場する時などに使われたゆっくりと歩くようなものだったそうです。
youtubeにパヴァーヌのステップが紹介されていましたので、少し見てみましょう!
日本では「王女」と訳されている箇所の原題「infante」はスペインの王女の称号で、一説によるとルーヴル美術館を訪れた際に見たスペインの画家、ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が描いたマルガリータ王女(1651-1673)の肖像画から作曲の着想を得たとされています。
ラヴェルはこの作品以外にも「スペイン狂詩曲」「ボレロ」と言ったスペインに関連のある作品を残していますが、これはラヴェルの生地がスペイン近くのバスク地方で、母親もバスク人であったことが大きく影響しているようです。
ラヴェルが最初に耳にした音楽は、彼が深く愛した母親が口ずさんだバスクの民謡だったそうです。
1899年、24歳のラヴェルはこの楽曲をまずピアノ曲として作曲します。
当時のラヴェルはまだパリ音楽院に在学中で、前年の1898年にフランス音楽と新進作曲家を広めるために設立された国民音楽協会の演奏会でデビューを果たしたばかりの新人作曲家でした。
初演は1902年、ドビュシーやラヴェルのピアノ作品の初演者として有名なスペインのピアニスト、リカルド・ビニェス(1875-1943)によって行われました。
ピアノ曲としての作曲から11年後の1910年、35歳のラヴェルはこの作品を管弦楽曲として編曲し、翌1911年に初演します。
作品は世間の好評を得ますが、ラヴェル自身はこの作品に対して「形式が貧弱」「不完全で冒険心のない作品」とかなり厳しい批評を残しています。
しかしラヴェル自身のそんな厳しい評価とは裏腹に、10年の時を経て管弦楽曲にまで編曲した愛着も感じられるラヴェルの初期を代表する美しい作品です。
晩年、ラヴェルは交通事故に遭ったことを機に、かねてから悩まされていた記憶障害の症状がひどくなり、ついには自分のサインを書くことさえおぼつかなくなります。
ある日、ラヴェルはこの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴き、「この曲はとても美しい。誰が書いたのだろう?」と語ったそうです。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」解説
冒頭、とても美しく感傷的な魅力に溢れた主題が奏でられます。この主題は管弦楽版ではホルンのソロで印象的に奏でられます。(譜例①)
楽曲はこの冒頭主題が3回繰り返される間に、それぞれ異なる主題が挿入される形で成り立っています。
最初に挿まれる主題は淡いタッチで描かれる印象派の絵画のように儚(はかな)い感じで、ピアノ譜には「Tres lointain(とても遠くから)」と指示されています。(譜例②)
管弦楽版ではこの旋律はオーボエのソロに始まり、音量をさらに弱めて幻想的な響きの弦楽器へと引き継がれていきます。
冒頭の主題がピアノ版では伴奏のアルペジオ(分散和音)にのって、1オクターブ上でより繊細な雰囲気で繰り返されます。
管弦楽版では主に木管楽器が主題を奏でます。
その後に挿まれる新しい主題は、より揺れ動く感じが印象的な旋律です。(譜例③)
管弦楽版では木管楽器と弦楽器が対話をしているようで魅力的です。
3回目に現れる冒頭主題は、淡い情景の中で静かに響く雨音のような16分音符に乗って、とても美しくそして切なく奏でられます。(譜例④)
管弦楽版ではこの16分音符はハープが美しく奏でています。
楽曲はこの主題を奏でた後、美しい響きと余韻を残し終曲します。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」youtube動画
ピアノ版
ピアノ:ベルトラン・シャマユ
ベルトラン・シャマユは1981年生まれ、フランス出身のピアニストです。
20歳でロン=ティボー国際コンクールに入賞、現在はソロ活動の他、ヨーロッパの著名なオーケストラとも共演を重ねるピアニストです。
★こちらのアルバムは「Amazon Music Umlimited」でも聴くことが出来ます。
Amazon Music Unlimited【無料体験】で聴く♪管弦楽版
※こちらの動画は埋め込みが出来ません。下記のタイトルをクリックしていただき、リンク先のyou tubeでご覧ください。
ボビー・マクファーリン指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
収録場所:ライプツィヒ、マルクト広場
今回ご紹介した動画はアメリカのジャズ歌手、ボビー・マクファーリン(1950-)が2002年に行われた音楽イベント「スピリッツ・オブ・ミュージック」でオーケストラを指揮している様子です。
1743年に創設された歴史あるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮台にドレッドヘアのジャズ歌手が立っていると言うちょっと珍しい光景です。
ラヴェルが見たらきっと驚いたことでしょうね?
「音楽には国境も垣根もない」・・・そんなことを感じる素敵な動画です。
指揮を終えたタクト(指揮棒)をドレッドヘアに挿すなんて、クラシックのコンサートではちょっと考えられない光景ですね?(笑)
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」無料楽譜
美しく感傷的な雰囲気に包まれたこの作品はオリジナルの独奏ピアノ、管弦楽のためだけでなく、いろいろな楽器のためにアレンジされて演奏されることも多い作品です。
下記のリンク先ページの【楽譜】⇒【Arrangements and Transcriptions】タブをクリックしていただくと、ピアノ伴奏のヴァイオリン、フルートをはじめ、様々な楽器のためにアレンジされた楽譜をダウンロードすることが出来ます。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」無料楽譜(IMSLP)
上記のタイトルをクリックして、リンク先から無料楽譜をダウンロード出来ます。ご利用方法がわからない方は下記の記事を参考にしてください。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」おすすめの名盤
今回は多くの人に親しまれ、愛されている本作品の録音の中から、管理人piccoloがオススメする名盤をピアノ版、管弦楽版それぞれ2枚ずつご紹介したいと思います。
カラヤン指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
【収録曲】
ドビュッシー:交響詩「海」
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1985-1986年
まずご紹介するのはカラヤン晩年の録音です。かなりゆったりとしたテンポ設定で、音の移り変わりも極めて滑らかで、少し音の輪郭がぼやけてしまうくらいの印象も受けますが、淡い夢をみながら聴いているようで個人的には心地よく感じます。
とても柔らかなホルンのソロと、繊細ながらもくっきりと浮かび上がるフルート、オーボエ、幻想的な弦楽器群が印象的です。
ドビュッシーの「海」「牧神」、ラヴェルの「ダフクロ」と代表的な管弦楽作品を1枚で楽しめるオススメの1枚です。
★「Amazon Music Umlimited」では先ほどご紹介したアルバムそのものは見つかりませんでしたが、別アルバムに収録された同じ音源の録音を聴くことが出来ます。
Amazon Music Unlimited【無料体験】で聴く♪デュトワ指揮:モントリオール交響楽団
ボレロ~ラヴェル:管弦楽曲集
【収録曲】
1.ボレロ
2.スペイン狂詩曲
3.『ダフニスとクロエ』第2組曲
4.亡き王女のためのパヴァーヌ
5.ラ・ヴァルス
シャルル・デュトワ指揮
モントリオール交響楽団
録音:1981年(1,2,5)、1980年(3)、1983年(4)
こちらのデュトワ&モントリオール響の盤は先ほどのカラヤン&ベルリン・フィルの盤よりは輪郭のくっきりした印象の演奏になっているように感じます。
テンポ設定も程よく、心地よい音楽の揺れと色鮮やかな音色に身を任せることの出来るオススメの1枚です。
カップリングもラヴェルの管弦楽作品の代表作を楽しめる内容となっています。
youtubeにはラヴェルの管弦楽作品集の録音が提供されていましたので、そちらをご紹介しますが、同じ音源のものと思われます。
★「Amazon Music Umlimited」では先ほどご紹介したアルバムそのものは見つかりませんでしたが、youtube動画でご紹介したラヴェルの管弦楽作品集の中で聴くことが出来ます。
Amazon Music Unlimited【無料体験】で聴く♪ピアノ:アンナ・ヴィニツカヤ
【収録曲】
ラヴェル作曲
・亡き王女のためのパヴァーヌ
・鏡(全曲)
・夜のガスパール(全曲)
ピアノ:アンナ・ヴィニツカヤ
録音:2011年
次にご紹介するのはピアノ版です。こちらのアルバムは国内での入手が困難かも知れませんが、個人的に素晴らしい演奏だと感じたのでご紹介することにしました。
アンナ・ヴィニツカヤは1983年生まれ、ロシア出身のピアニストです。
2007年のエリザベート王妃国際音楽コンクール・ピアノ部門で優勝した他、数々の国際コンクールにも入賞、世界各地でコンサートを行うなど、注目を集めるピアニストです。
アンナ・ヴィニツカヤが奏でる「亡き王女のためのパヴァーヌ」は繊細なタッチで奏でられる美しい音色に、感傷的な感情を自然に揺さぶられるような、そんな素敵な演奏だと思います。
感傷的な旋律の裏で奏でられる伴奏の動きも美しい詩情に溢れ、さりげない終曲の仕方も美しい余韻を残すようでお気に入りです。
ラヴェルの「鏡」「夜のガスパール」と、ラヴェルのピアノ作品が好きな方には特にオススメの1枚です。
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Amazon Music Unlimited【無料体験】で聴く♪ピアノ:アリス=紗良・オット
アルバム「ナイトフォール」
【収録曲】
ドビュッシー
・夢想
・ ベルガマスク組曲(前奏曲/メヌエット/月の光/パスピエ)
サティ
・ グノシエンヌ第1番
・ジムノペディ第1番
・ グノシエンヌ第3番
ラヴェル
・ 夜のガスパール(オンディーヌ/絞首台/スカルボ)
・亡き王女のためのパヴァーヌ
ピアノ:アリス=紗良・オット
録音:2018年
アリス=紗良・オットは1988年生まれ、ドイツ・ミュンヘン出身のピアノ奏者です。
ドイツ人の父親と日本人の母親を持つ彼女は数々の国際コンクールでの優勝を経て、世界の主要なオーケストラとも共演を重ねる人気のピアニストです。
アリス=紗良・オットが奏でる「亡き王女のためのパヴァーヌ」はとても落ち着いていて、淡々と美しく静かな時が流れるかのような、そんな印象を受けます。
カップリングには先ほどご紹介したアルバム同様に「夜のガスパール」が収録されていますが、こちらにはドビュッシーの「夢」、有名な「月の光」で知られる「ベルガマスク組曲」、サティの「ジムノペディ」「グノシエンヌ」なども収録されてあり、クラシック初心者の方でも楽しめる内容になっています。
眠れない夜をお過ごしの方、心のざわつきが気になる方には特にオススメの1枚です。
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「Amazon Music Umlimited」で聴く「亡き王女のためのパヴァーヌ」
「Amazon Music Umlimited」では次のようなアーティストの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴くことが出来ます。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」「pavane pour une infante défunte」「ravel pavane 」などのキーワードで検索しています。
【管弦楽版】「バレンボイム&パリ管」「ビシュコフ&パリ管」「シャルル・ミュンシュ&パリ管」「カラヤン&ベルリン・フィル」「シャルル・ミュンシュ&ボストン響」「グィド・カンテッリ&フィルハーモニア管」「カルロ・マリア・ジュリーニ&フィルハーモニア管」「カルロ・マリア・ジュリーニ&コンセルトヘボウ管」「アンドレ・クリュイタンス&パリ音楽院管」「バーンスタイン&ニューヨーク・フィル」「ジョージ・セル&クリーヴランド管」「アンセルメ&スイス・ロマンド管」「デュトワ&モントリオール響」「オーマンディ&フィラデルフィア管」「アバド&ロンドン響」「エリアフ・インバル&フランス国立管」「ポール・パレー&デトロイト響」「ピエール・モントゥー&ロンドン響」「プレヴィン&ロンドン響」「ジャン=クロード・ベルネード&コンセール・ラムルー管」「ギュンター・ ヘルビッヒ&ベルリン響」「ネヴィル・マリナー&アカデミー室内管」「スラットキン&セントルイス響」「スクロヴァチェフスキ&ミネソタ管」「アバド&ボストン響」「小澤征爾&ボストン響」「小澤征爾&サイトウ・キネン」他
【ピアノ版】「ベルトラン・シャマユ」「エミール・ギレリス」「ウラディーミル・アシュケナージ」「カティア・ブニアティシヴィリ」「サンソン・フランソワ」「ロベール・カサドシュ」「アンナ・ヴィニツカヤ」「ヴァネッサ・ベネッリ・モーゼル」「ジャン=イヴ・ティボーデ」「ラグナ・シルマー」「アンドレ・ラプラント」「カルロ・グランテ」「ジョン・オグドン」「ヴァルター・ギーゼキング」「フィリップ・アントルモン」「アラン・プラネス」「アリス=紗良・オット」「辻井伸行」「反田恭平」他
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※上記の録音は本記事の投稿日現在、「Amazon Music Umlimited」で聴くことのできる「亡き王女のためのパヴァーヌ」の一部を例示しています。すべての録音を表示しているわけではありませんのでご了承ください。
「オススメの名盤」のコーナーでご紹介した以外では、「小澤征爾&ボストン響」「スラットキン&セントルイス響」「ビシュコフ&パリ管」なども美しく素晴らしい演奏だと思います。
しかし、これらの演奏は比較的似ていると言うか録音の普及によって標準化されたもののようにも感じます。
その点「アンドレ・クリュイタンス&パリ音楽院管」「シャルル・ミュンシュ&パリ管」などの往年の巨匠の演奏は個性と言う点でも聴き比べて楽しい録音です。
音楽の運びももちろんですが、オーケストラの奏でる響きも現代のそれとは違いかなり特徴的で、冒頭のホルンのソロも一瞬「本当にホルン!?」と思うような大きなヴィブラートを付けて演奏されていたりします。
こうした特徴的なオケの響きや音楽の運びは、比較的新しい録音を主に聴かれるクラシックファンの方にはかなりの違和感となって感じられるかと思いますが、個人的には机の引き出しの奥にしまってあったセピア色に変わった古い写真を見るような懐かしさがあり、結構楽しめます。
★「Amazon Music Umlimited」では通常30日間の無料体験期間があります!無料体験期間中に解約手続きをすれば料金が課金されることもありません。
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無料体験の登録方法、「Amazon Music Umlimited」で聴くことの出来るクラシック作品についてはこちらの記事でご紹介していますので、合わせてお読みください。
まとめ
ラヴェル作曲の「亡き王女のためのパヴァーヌ」、いかがでしたでしょうか?
美しく、そして切ない感情を呼び起こすかのような感傷的な旋律の繰り返しが心に残る素晴らしい作品です。
ラヴェルが自作に対して行った厳しい批評は、作品の持つ若さゆえのセンチメンタリズムに対する一種のはにかみであったようにも私には感じられます。
「亡き王女」のモデルがマルガリータ王女(1651-1673)だと言う説があると言うのは「作曲の背景」でもご紹介しました。
このマルガリータ王女はスペイン王フェリペ4世の娘で、15歳の時に神聖ローマ帝国の皇帝レオポルト1世のもとへ嫁いだ後、21歳の若さでこの世を去っています。
ふくよかに描かれた肖像画とは異なり、実際は華奢で病弱であったマルガリータ王女のはかないイメージがこの作品の持つ雰囲気とよくマッチするような気もします。
これにはもちろん異説もあり、「亡き王女のためのパヴァーヌ」と言ういかにも意味ありげな謎めいたタイトルゆえに、「亡き王女」のモデルは誰なのかと言うことにも関心が高まります。
実際に過去に実在した王女、あるいは特定の女性をイメージしてこの作品が作曲されたものかどうかは、ラヴェル自身のみぞ知るところですが、個人的にはそうした謎めいたタイトルから広がる聴く人それぞれのイマジネーションも含めて作品を味わえば良いのではないかと思います。
みなさんのイメージする「亡き王女」はどんな女性ですか?
最後までお読みいただきありがとうございます。こちらの作品もぜひ聴いてみてください!
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