ホルスト「惑星」解説とおすすめの名盤
目次
まずはダイジェストで聴いてみよう!
力強く、そして華麗に演奏される旋律はローマ神話の主神ジュピターを彷彿とさせる堂々とした雰囲気です。
まずは第4曲「木星」をダイジェストで聴いてみましょう!
ジョナサン・ヘイワード指揮:シアトル交響楽団
我は汝に誓う、我が祖国よ
最初にご紹介した「木星」の中間部の有名な旋律は、日本では平原綾香さんがアレンジして「Jupiter(ジュピター)」と言うタイトルで発表してポップスの世界でも有名になりましたが、ホルスト自身も管弦楽付きのコラール(賛美歌)として編曲し、1926年に出版しました。
歌詞はイギリスの外交官、セシル・スプリング=ライス(1859-1918)によるもので、「I vow to thee, my country」(我は汝に誓う、我が祖国よ)と名付けられた歌詞の内容は愛国的なもので、ホルストの母国イギリスでは愛唱歌としてリメンブランス・デーと呼ばれる戦没者追悼記念日に歌われることが恒例となっています。
ここで歌詞の一部を引用しておきます。
I vow to thee, my country, all earthly things above,
引用:「我は汝に誓う、我が祖国よキリスト教」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』
Entire and whole and perfect, the service of my love;
The love that asks no question, the love that stands the test,
That lays upon the altar the dearest and the best;
The love that never falters, the love that pays the price,
The love that makes undaunted the final sacrifice.
我は汝に誓う、我が祖国よ、地上のあらゆるものよ、
あまねく、すべてのものにして完全なるもの、我が愛への奉仕。
何も問わない愛、試練に耐える愛、
すなわち最愛にして最良のものをも祭壇に差し出す愛、
怖気づかない愛、贖う愛、
すなわち、究極の犠牲をも不屈のものにする愛。
「I vow to thee, my country」(我は汝に誓う、我が祖国よ)
Festival of Remembrance Royal Albert Hall
作曲の背景
組曲「惑星」作品32はイギリスの作曲家、グスターヴ・ホルスト(1874-1934)が1916年、42歳の時に書き上げた管弦楽曲です。
7つの曲にはローマ神話の神々に相当する太陽系の惑星の名前が付けられていて、それぞれに占星術から着想を得た短い副題が付いています。
当初は「7つの管弦楽曲」として作曲がはじめられ、ホルスト自身も標題音楽と言うわけではないと語っているそうですが、個人的な感想としては各タイトル及び副題からのイメージを強く感じる作品のように思います。
ロンドンの王立音楽院でトロンボーンを学んだホルストらしく、金管楽器が華やかに活躍するのが印象的です。
1905年からセント・ポール女学校の音楽教師の仕事の傍ら作曲活動を行ったホルストはこの曲を書いた1916年以降も作品に手を加え、オルガンや声楽を含む大規模な管弦楽作品に仕上げます。
1920年にようやく全曲を通して行われた初演は大成功を収め、ホルストは一躍作曲家としての名声を確立します。
ちなみに海王星が発見されたのは1846年、冥王星が発見されたのはこの作品の初演から10年を経た1930年のことでした。
ホルストはこの新しく発見された惑星(現在は準惑星に分類)を8曲目に加えるべく作曲を始めたそうですが、残念ながら未完のまま1934年に他界しています。
※現在「冥王星」を含んだ形で録音、演奏されているものは他の作曲家により書き加えられたものです。
ホルスト「惑星」解説
火星~戦争をもたらす者~
弦楽器が5拍子で刻む緊張感のあるリズムは、弦を弓の毛ではなく、木製の棹の部分を使って音を出すコル・レーニョ(col legno)奏法によって演奏されます。(譜例①)
この緊張感のあるテーマに続き、管楽器群が低音で地の底を這うような不気味な主題を奏でます。
この主題は徐々に大きくなるリズムとともにどんどん高揚していき、やがてトッティ(総奏)となって劇的に奏でられます。
途中に挿入されるテナー・チューバのソロの音色がとても魅力的で、トロンボーン奏者だったホルストならではのオーケストレーションです。(譜例②)
楽曲は再び大きなうねりと共に高揚し、クライマックスに達すると破滅を迎えたかのように強烈なリズムと不協和音を残し終曲します。
火星はローマ神話における戦いの神、軍神マルスを象徴すると言われています。
金星~平和をもたらす者~
遠くから風に乗って聴こえてくるかのようなホルンの調べ、それに呼応するかのような木管楽器の美しく柔らかい響きで始まります。
弦楽器の美しい旋律に導かれソロ・ヴァイオリンが繊細な音色で歌います。(譜例③)
オーボエやチェロのソロも美しく、愛と美の女神ヴィーナスを象徴する金星にふさわしい穏やかで優しく美しい曲です。
水星~翼のある使者~
木管楽器があちらこちらと駆け回り、ソロ・ヴァイオリンで演奏される旋律がオーボエ、フルート、チェレスタ、クラリネットとリレーされていきます。(譜例④)
この主題はやがてオーケストラ全体へと受け継がれクライマックスを迎えた後、冒頭の忙しく駆け回る姿が再現され、最後は静かに終曲します。
水星は占星術では流動性やメッセンジャーの意味を持ち、「翼のある使者」のタイトル通り、落ち着きなく駆け回る雰囲気が印象的な曲です。
木星~快楽をもたらす者~
木星を意味する英語のジュピター (Jupiter) は、ギリシア神話のゼウスにあたるローマ神話のユピテルを語源とし、「歓喜」「快楽」を象徴しているそうですが、ホルスト自身は官能的なものを表現しようとしたのではなく、それよりは祝祭的な喜びを表現したかったようです。
冒頭、弦楽器の沸き立つような前奏に導かれ、ホルンが勇壮な主題を奏でます。(譜例⑤)
中間部で朗々と奏でられる旋律は、冒頭にご紹介したように様々な作品に編曲されるほど広く親しまれる有名な主題です。(譜例⑥)
その堂々として壮大な旋律はまさしくローマ神話の主神にふさわしい風格を備えています。
楽曲は再び前半の部分に回帰し、これまでの各主題を奏でながら最後は輝かしく終曲します。
親しみやすいメロディと壮麗な作風から単独で演奏されることも多い楽曲です。
土星~老いをもたらす者~
フルートとハープがシンコペーションで奏でる神秘的な響きに乗って、コントラバスが静かに語り出します。
低弦楽器がピチカットで刻む四分音符のリズムに乗って、金管楽器が静かにコラール(賛美歌)風の旋律を奏でます。(譜例⑦)
絶え間なく刻まれる四分音符のリズムは老境に入った人生の歩みと、老人の独白かつぶやきのような雰囲気を感じさせます。
楽曲は終始ゆったりと歩みを進めるようなリズムが反復されながら、最後は木管楽器とハープが細かい音型を奏でる中、静かに終曲します。
土星はローマ神話に登場する農耕神で、ギリシア神話のクロノスと同一視されるサートゥルヌス (英語はサターン)を象徴すると言われています。
天王星~魔術師~
金管楽器によって奏でられる力強い冒頭の4つの音が重要なモチーフとなっています。(譜例⑧)
この4つの音はティンパニによって断ち切られ、ファゴットが少しおどけたような旋律を奏でます。ポール・デュカス作曲の「魔法使いの弟子」の影響を指摘する声もありますが、確かに雰囲気は似ていますね。
楽曲はリズミカルな旋律を奏で高揚していきますが、冒頭の4つの音によって再び断ち切られた後、行進曲風に展開していきます。
音楽は再び高揚しクライマックスを迎えた後、突然の静寂が訪れ、最後は冒頭の4つの音が静かに奏でられ終曲します。
天王星はギリシア神話の主神ゼウスの祖父にあたるウラヌスを象徴するとされています。
海王星~神秘主義者~
冒頭、フルートが奏でる幻想的な響きが、海王星の神秘的な雰囲気を表現しているようで印象的です。(譜例⑨)
ホルストは土星と共にフルートパートにアルトフルートを加えて独特の響きを作り出しています。スコアには(Bass Flute)と表記されていますが、通常のフルートとバスフルートの中間の音域を担当するアルトフルートを指しています。
きらめくように聴こえてくるハープとチェレスタの音がまるで星屑のように感じられ、さらに幻想的な雰囲気を醸し出します。
この神秘的で幻想的な時間が静かに流れていった後、ゆったりした木管楽器の裏では耳を澄ますと、女声の声がかすかに聴こえて来ます。
オーケストラの音が徐々に小さくなると舞台裏で歌う女声合唱の神秘的な声が静かに響いてきます。それはまるで瞑想の世界に入り込んだかのような錯覚に陥ります。
その声はやがて徐々に遠ざかり、宇宙の暗闇に溶け込んでいくかのように静かに終曲します。
海王星はローマ神話における海の神で、ギリシア神話のポセイドンと同一視されるネプトゥーヌス(英語はネプチューン)を象徴するとされています。
ホルスト「惑星」YouTube動画
ホルスト:組曲「惑星」作品32
1.火星(00:40)
2.金星(08:28)
3.水星(16:21)
4.木星(20:26)
5.土星(28:50)
6.天王星(38:14)
7.海王星(44:15)
ディーマ・スロボデニューク指揮:ガリシア交響楽団
ホルスト「惑星」おすすめの名盤
カラヤン指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ホルスト:組曲『惑星』 op.32
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1981年
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1960年代に行ったウィーン・フィルとの演奏会と録音でこの作品を一躍有名にしたカラヤンですが、今回ご紹介するのはそれから20年後の1981年に手兵ベルリン・フィルと行った録音です。
カラヤンならではのベルリン・フィルの華麗な響きを最大限に引き出した力強く、色彩感溢れる輝かしいサウンドによるダイナミックな演奏が楽しめる1枚です。
「木星」では御年73歳の録音とは到底思えない、瑞々しく生気に満ち溢れた心が沸き立つような演奏を聴かせてくれています。
レヴァイン指揮:シカゴ交響楽団
ホルスト:組曲『惑星』 op.32
ジェイムズ・レヴァイン指揮
シカゴ交響楽団
録音:1989年
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レヴァインにとっても、またシカゴ交響楽団にとってもこの作品の初録音となったアルバムで、1991年度のレコード・アカデミー賞録音賞を受賞しているアルバムです。
シカゴ響らしい重厚で筋肉質な金管楽器の響きが印象的で、録音もとても鮮明で迫力があります。「火星」のラストの叫び声のようなオケの響きが印象的です。ところどころテンポが喰い気味に感じる場面もありますが、緊張感のあるオススメのアルバムです。
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オススメの名盤でご紹介した「カラヤン&ベルリン・フィル」「ジェイムズ・レヴァイン&シカゴ響」以外では、「アレクサンダー・ギブソン&ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管」も颯爽とした演奏でとても良かったです。
「ズービン・メータ&ロサンゼルス・フィル」はテナー・チューバの独特のビブラートやメータ独特の節回しや、ずっと音を割りっぱなしの強烈な重低音など個性の強い録音です。
個性と言う点では「ウィリアム・スタインバーグ&ボストン響」も攻めたテンポ設定とやはりこちらもテナー・チューバのクセの強いソロなどが楽しめるアルバムです。
「ホルスト&ロンドン響」による自演録音などは録音状態も古いため悪く、とてもCDを購入する気にはなれませんが、演奏解釈の資料としての価値は高く、サブスクならではの聴き放題のメリットを感じます。ちなみにテンポ設定はかなり速めです。
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まとめ
ホルスト作曲の組曲「惑星」、いかがでしたでしょうか?
有名な「木星」は知っているけど全曲は聴いたことがないと言う方も多いのではないでしょうか。
各曲に付けられたタイトルと副題が作品のイメージを膨らませてくれるので、クラシック初心者の方でも楽しめる作品です。
20世紀の作品らしく、近代的な響きやリズムも随所に感じられますが、映画音楽を聴くような感覚で楽しめる作品でもあります。
演奏時間は1時間近い大作でもあるので、まずは聴きやすい「火星」「金星」「木星」など前半の部分をピックアップして聴いてみるのも良いと思います。
平原綾香さんの曲から知ったと言う方も、ぜひ原曲の素晴らしさに触れていただければと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。こちらの作品もぜひ聴いてみてください!
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