チャイコフスキー「スラヴ行進曲」

2020年5月10日

作曲の背景

スラヴ行進曲変ロ長調作品31はロシアの作曲家、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)が1876年に作曲した演奏会用行進曲です。

この年36歳を迎えるチャイコフスキーは前年の1875年にピアノ協奏曲第1番を書き上げており、この1876年にはその後パトロンとしてチャイコフスキーを経済的に支えることになるメック夫人から資金援助の申し出を受けます。

ロシアではこの年オスマン帝国からの独立を求めて開戦したセルビアに対し、スラヴ民族としての同胞意識からこの独立戦争を支援する世論が高まっていきました。

しかしオスマン帝国との戦力差は大きく、戦局はセルビアに不利な状態となり結局は休戦に追い込まれます。

ロシアは翌1877年にスラヴ民族独立のための戦争を支援すると言う名目でこの戦争に介入し、最終的に勝利します。

このスラヴ行進曲は1876年の暮れに行われた慈善演奏会の開催に際し、友人のニコライ・ルビンシテインから依頼を受けて作曲されたものです。

楽曲には3つのセルビア民謡と帝政ロシア国歌が引用されていて、当初のタイトルは「セルビア=ロシア行進曲」だったそうです。

ルビンシテインの指揮で行われた初演は愛国の雰囲気に包まれた観客が総立ちで熱狂的な歓声を送ったと伝えられています。

チャイコフスキー「スラヴ行進曲」の解説

楽譜の冒頭には「Moderato in modo di marcia funebre」(中くらいの速さで 葬送行進曲の調子で)とあります。

その指示通りに戦乱の暗雲が立ち込めるかのような、薄暗く重々しい序奏に続き、セルビア民謡「太陽は明るく輝かず」を題材とした悲しげな旋律が弦楽器によって奏でられます。

この旋律が徐々に高まりながら終わりを告げると半音階的に緊張感のある細かい音型が続きます。

徐々に緊張感の高まる半音階の動きの後ろから聴こえてくる金管楽器の響きは近づいてくるオスマン帝国軍なのでしょうか。

冒頭の旋律が力強く繰り返された後、曲調は変わりクラリネットとファゴットによって軽快なメロディが演奏されます。

これはセルビア民謡「懐かしいセルビアの戸口」からの引用です。(03:30)

この旋律は金管楽器からフルートとピッコロへと引き継がれ徐々に高揚していき、同じくセルビア民謡セルビア人は敵の銃を恐れないへと続きます。

冒頭の旋律が繰り返された後、クライマックスは帝政ロシア国歌「神よ皇帝を護りたまえ」が力強く演奏され(07:48)、高らかに勝利の凱歌を歌い上げ華やかに終わりを告げます。

この帝政ロシア国歌は同じチャイコフスキーの序曲「1812年」にも登場します。

チャイコフスキー「スラヴ行進曲」のyoutube動画

チャイコフスキー スラヴ行進曲 変ロ長調 作品31

シャン・ジャン指揮 オークランド・フィルハーモニー管弦楽団

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