ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」【解説と名盤】
目次
作曲の背景
「スターバト・マーテル作品58」はチェコの作曲家、アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)が1877年に書き上げたソプラノ、アルト、テノール、バス、混声合唱と管弦楽のための作品です。
1873年、初恋の相手だった歌手ヨゼフィーナ・チェルマーコヴァーの妹アンナ・チェルマーコヴァーと結婚したドヴォルザークは翌1874年にはプラハの聖ヴォイチェフ教会(聖アダルベルト教会)のオルガニストに就任、同年には長男も誕生します。
1875年からは作曲活動に専念できるように新たに設けられたオーストリア政府の国家奨学金を受けるようになります。
そんなドヴォルザークを不幸が襲います。
1875年9月、生まれたばかりの長女ヨゼファが、出産から僅か2日後に亡くなります。
翌1876年2月、この悲しい出来事をきっかけに作曲に着手したのが今回ご紹介する「スターバト・マーテル」です。
同年5月に一旦作曲のスケッチを終えたドヴォルザークですが、多忙ゆえかその後はしばらくこの作品の作曲を棚上げすることになります。
この1876年には奨学金の審査のために書かれ、その後審査員であったブラームスの目に留まることになったモラヴィア二重唱曲集やドヴォルザーク唯一のピアノ協奏曲などが作曲されています。
1877年、ドヴォルザークを再び悲劇が襲います。
8月に生後11か月の次女ルジェナが劇薬を誤飲して亡くなります。
さらに翌9月には当時3歳だった長男オタカルも天然痘によりこの世を去ります。
こうしてドヴォルザークは妻アンナとの間にもうけた3人の子供を全て失ってしまいます。
この悲しみを乗り越えるべく一旦棚上げにしていた「スターバト・マーテル」の作曲に再び取り掛かったドヴォルザークは長男の死から2か月後の1877年11月、ついにこの作品を完成させます。
初演は3年後の1880年12月、出版はブラームスに紹介され「モラヴィア二重唱曲集」「スラヴ舞曲集」の出版にあたったジムロックから1881年に行われています。
この数年間はドヴォルザークの人生の中でもとても辛く悲しい時期であったわけですが、その後は再び子宝に恵まれることとなります。
「スターバト・マーテル」とは
「スターバト・マーテル」は「悲しみの聖母」と訳される13世紀に生まれたラテン語の詩です。
タイトルは詩の1行目の「Stabat mater dolorosa(悲しみの聖母は立ちぬ)」に由来し、十字架に磔となったイエス・キリストの姿を目の当たりにした聖母マリアの悲しみ、苦しみをともにすることで神の恩寵が得られるように祈る内容となっています。
イタリアの宗教詩人、ヤコポーネ・ダ・トーディ(1230-1306)の作とされていますが、異説もあるようです。
当時の中世ヨーロッパではこのトーディ作とされる詩の他にも「悲しみの聖母」をテーマとした文学や絵画、彫刻などが数多く生まれ、信仰上の大きなテーマにもなりました。
イタリアの芸術家、ミケランジェロ(1475-1564)作の十字架から降ろされたイエス・キリストを腕に抱く聖母マリアをモチーフとした彫刻作品『サン・ピエトロのピエタ』はとても有名です。
音楽の世界でも同様で、この「悲しみの聖母」をテーマにした詩「スターバト・マーテル」にも教会で歌われるために数多くの作曲家が作曲しました。
その数は中世から近現代まで数百に及んでいますが、特に有名なものとしてはこのドヴォルザークの作品の他にロッシーニ(1792-1868)やバロック期の作曲家、ペルゴレージ(1710-1736)のものなどがあります。
ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」の解説
原詩は3行ごとに韻を踏み、これを1節とする20節からなっていて、ドヴォルザークはこれを10曲の構成にまとめて作品を仕上げています。
第1曲: 悲しみに沈める聖母は (Stabat Mater dolorosa)【00:40】
第1節から第4節を四重唱と合唱で歌う第1曲は、磔にされたわが子キリストの傍らで悲嘆にくれ立ち尽くす聖母マリアの姿を歌っています。
全体の4分の1近くを占める第1曲は厳粛な雰囲気に始まり、何度も反復される下降音型が悲しみに沈みゆく聖母マリアの心情を表現しているようにも感じられます。
合唱が加わると厳粛な中にもドラマティックな雰囲気に包まれ、キリスト教徒でなくとも胸を打たれ、祈りを捧げたくなる気分になります。
テノール、ソプラノ、バスの独唱で第2節から第4節がそれぞれ歌われ、再び合唱が加わり劇的に高揚した後に最後は消え入るように静かに終曲します。
第2曲:誰が涙を流さぬものがあろうか (Quis est homo, qui non fleret)【19:10】
第5節から第8節までが四重唱により歌われますが、第4節までの歌詞も挿入されます。
歌詞は「目の前で鞭打たれ、息絶えていくわが子キリストの姿を見る聖母マリアの姿に涙を流さないものがあろうか」と言う内容です。
第1曲でみせた劇的な要素は薄れ、とつとつと語りかけるような曲想で奏でられます。
第3曲:いざ、愛の泉である聖母よ (Eja, Mater, fons amoris)【29:50】
「さあ、御母よ、愛の泉よ 私にもあなたの強い悲しみを感じさせ あなたと共に悲しませてください」と言う第9節の歌詞が合唱により歌われます。
第4曲:わが心をして (Fac, ut ardeat cor meum)【36:10】
「私の心を燃やして、十字架に架けられたキリストの傷を私の心に深く刻みこむように」と聖母マリアの苦しみを共に分かち合う内容を歌った、第10節と第11節の歌詞をバスの独唱と合唱で歌っています。
バスの独唱は力強く語りかけるかのような印象で、木管楽器の奏でる柔らかく美しい旋律とのコントラストが見事です。
第5曲:わがためにかく傷つけられ (Tui nati vulnerati)【44:20】
「ありがたくも私のために苦しんでくださった、その苦痛を私にも分けてください」と言った内容の第12節の歌詞を合唱で歌っています。
ここでは劇的な要素は抑えられ、穏やかな雰囲気で歌われる合唱に心が和みます。
第6曲:我にも汝とともに涙を流させ (Fac me vere tecum flere)【49:05】
「生のある限り、十字架の傍らにあなたと共に立ち、そして打ちのめされる苦しみを、あなたとともにすることを私は願います。」と言う内容の第13節と第14節をテノール独唱と合唱で歌っています。
第5曲同様に穏やかな曲想に始まりますが、途中でドラマティックな展開をみせます。
第7曲:処女のうちもっとも輝ける処女 (Virgo virginum praeclara)【55:06】
「聖母マリアとともに嘆かせてください」と訴える第15節の歌詞を合唱で歌います。
聖母マリアを讃える清らかで美しい曲です。
第8曲:キリストの死に思いを巡らし (Fac, ut portem Christi mortem)【1:01:00】
「どうかキリストの死を私に負わせ、どうかその受難を共にさせてください」と言う内容の第16節、第17節の歌詞をソプラノとテノールの二重唱で歌います。
第9曲:焼かれ、焚かれるとはいえ (Inflammatus et accensus)【1:05:25】
バロック風の響きが印象的な前奏に続きアルト独唱が「怒りの火に燃やされることなきように、守られますように」と聖母マリアとキリストへの祈りを捧げる第18節、第19節の歌詞を歌います。
第10曲:肉体は死して朽ち果てるとも (Quando corpus morietur)【1:11:10】
「肉体が滅びる時には、どうか魂に栄光の天国を与えてください。アーメン」と言う第20節の歌詞を四重唱と合唱で歌います。
第1曲と同じ主題が現れる感動的な終曲です。時折あらわれる合唱のみの部分がドラマティックです。
「アーメン」が繰り返される中で劇的に高揚していく音楽は最後に美しさと静かさの余韻の中で終わります。
3人の愛児を相次いで亡くしたドヴォルザークが遺した感動の大作です。
クラシック初心者の方には長く感じられるかも知れませんが、ぜひ一度聴いてみてください!
ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」のyoutube動画
ドヴォルザーク:スターバト・マーテル作品58
アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮 hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)
合唱:MDR-Rundfunkchor
ソプラノ:Hanna-Elisabeth Müller
アルト:Gerhild Romberger
テノール:Benjamin Bruns
バス:Günther Groissböck
ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」の名盤
管理人おすすめの名盤はこちら!
今回ご紹介するのはBlu-ray Discです
ドヴォルザーク:スターバト・マーテル Op.58
マリス・ヤンソンス指揮
バイエルン放送交響楽団、バイエルン放送合唱団
ソプラノ:エリン・ウォール
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
テノール:クリスティアン・エルスナー
バス:リアン・リ
2015年ルツェルン復活祭音楽祭にヤンソンス&バイエルン放送交響楽団が登場した際の演奏です。
日本を代表するメゾ・ソプラノで世界を舞台に活躍する藤村実穂子をはじめとするソリスト陣とともにドラマティックで感動的な演奏を繰り広げています。
いかがでしたか?こちらの作品もぜひ聴いてみてください!
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参考資料:「作曲家別名曲解説ライブラリードヴォルザーク」音楽之友社編 1993年3月
「スターバト・マーテル」『フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)』2020年3月22日 (日) URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/スターバト・マーテル
「スターバト・マーテル (ドヴォルザーク)」『フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)』2018年10月21日 (日) URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/スターバト・マーテル_(ドヴォルザーク)