ドビュッシー|交響詩「海」【解説とおすすめの名盤】
目次
まずはダイジェストで聴いてみよう!
木管楽器が奏でる押しては返す波のような旋律はやがて大きなうねりとなりクライマックスへと導いていきます。
まずは第3楽章「風と海の対話」の最後の部分をダイジェストで聴いてみましょう。
クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
作曲の背景
交響詩「海」-管弦楽のための3つの交響的素描-(仏:La Mer,trois esquisses symphoniques pour orchestre)はフランスの作曲家、クロード・ドビュッシー(1862-1918)が1905年に書き上げた管弦楽のための作品です。
1902年、オペラ「ペレアスとメリザンド」の成功でフランス国内における作曲家としての名声をさらに確固たるものにしたドビュッシーは1903年8月にこの作品の作曲に着手します。
翌9月に知人に宛てた手紙には「1.サンギネール諸島付近の美しい海」、「2.波の戯れ」、「3.風が海を踊らせる」の3つの楽章で構想を練っていることが記されています。
このうち第1楽章のタイトルは、フランスの詩人カミーユ・モークレール(1872-1945)の小説と同じもので、後に「海の夜明けから正午まで」に変更されています。
このため作品そのものがモークレールの小説に何らかのインスピレーションを受けたと指摘されることや、初版のスコア(総譜)の表紙デザインにドビュッシー自身の希望により葛飾北斎(1760-1849)の『富嶽三十六景』から「神奈川沖浪裏」の一部が用いられたことから、この作品からインスピレーションを受けたと指摘されることがありますが、真偽のほどは定かではありません。
ドビュッシーの自宅の部屋には実際に北斎の浮世絵が飾られてあり、写真も残されています。
19世紀後半にヨーロッパで流行したジャポニズムと呼ばれる日本趣味はフランスにおいても顕著で、浮世絵をはじめとする日本の美術作品が万国博覧会などを通じて紹介されると美術をはじめとする芸術家たちに大きな影響を与えました。
特にドビュッシーが活躍したパリでは1878年、1889年、1900年とほぼ10年ごとに万国博覧会が開催されていて、当時の芸術家たちは日本文化のみならずヨーロッパ以外の文化に触発されるよい機会になったようです。
私生活におけるドビュッシーは1899年にマリー=ロザリー・テクシエ(愛称リリー)という11歳年下の女性と結婚していましたが、この作品を作曲中の1904年には銀行家の夫人で歌手でもあったエンマ・バルダックと不倫関係に陥ります。
ちなみにこのエンマ・バルダックはそれ以前に同じフランスの作曲家、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)とも愛人関係にあり、フォーレはエンマのためにいくつかの作品を遺しています。
同年7月にエンマと駆け落ち同然の逃避行に旅立ったドビュッシーでしたが、9月にパリに戻った後の10月にはリリーがピストルによる自殺未遂を図り、この不倫関係は世間にも知られることになります。
大きなスキャンダルに発展し、世間の批判を一身に浴びたドビュッシーでしたが、結局はこの作品を書き上げた1905年にリリーとの離婚が成立し、後年エンマと再婚することになります。
この時、既にドビュッシーの子を身ごもっていたエンマはこの作品の初演の2週間後に娘、クロード=エンマ(愛称シュシュ)を出産します。
この前後のドビュッシーとこの作品を巡る主な出来事を整理してみます。
1903年 8月 交響詩「海」の作曲に着手
1904年 7月 エンマと逃避行に旅立つ
1904年10月 リリーがピストルによる自殺未遂を図る
1905年 3月 交響詩「海」の作曲が完成
1905年 7月 リリーと離婚が成立
1905年10月 交響詩「海」初演
1905年10月 エンマがドビュッシーの娘を出産
このようにこの作品はドビュッシーが私生活上の大きな波乱の中で作曲された作品です。
ちなみにドビュシーが作曲に着手し始めたのはリリーの実家のあるビシャンと言うフランス内陸部の町であり、その後帰還したパリも内陸部にあり実際の海とは遠く離れた場所で作品が構想されています。
ドビュッシーが実際の海を感じるのは不倫相手のエンマとの逃避行の最中で、1904年7月、イギリスとフランスの間に位置するジャージー島と言う海の美しい島で1か月を過ごした後、8月にはノルマンディー地方の港町、ディエップに移っています。
パリへ戻るのは翌月の1904年9月のことでしたが、生涯にわたってパリを主な拠点として活動したドビュッシーがこの人生の波乱を含んだ時期に「海」のスコアと共に実際の海を体験していることは実に興味深いことだと感じます。
1905年10月に行われた初演の評価は芳しいものではなく、その年の内に行われた再演でも聴衆、批評家ともに理解を得ることは出来ませんでした。
失意のためからかその後のドビュッシーの創作活動は途端に低調なものになります。
1908年、交響詩「海」の再演が決まりますが、コロンヌ管弦楽団の指揮者、エドゥアール・コロンヌ(1838-1910)はリハーサルの段階で曲をまとめきれず、結局公演は延期の上、ドビュッシー自身が指揮をすることになります。
こうして作曲者自身の指揮による再演が大成功を収め、回を重ねるとともにドビュッシーを代表する管弦楽作品としての評価を得ていくことになります。
楽譜は1905年に管弦楽版とピアノ連弾版が出版された後、この作品が再評価された後の1909年にドビュッシーの友人で作曲家、指揮者のアンドレ・カプレ(1878-1925)の編曲による2台のピアノのための版、ドビュッシー自身による管弦楽の改訂版が出版されています。
ドビュッシー|交響詩「海」解説
第1楽章「海上の夜明けから真昼まで」
木管からミュート(弱音器)を付けたトランペットへ受け継がれる漂うような旋律が静かにうねる波のようです。
背後でうごめく低弦楽器のトレモロが夜明け前の薄暗さを象徴しているような気もします。
木管楽器が奏でる旋律は次第に明るさと動きを伴い、美しい表情を示してくれます。
同じリズムと音型の反復が押しては返す波のようです。
ドビュッシーが第1楽章のタイトルの変更を申し出たのは、作品が完成する間近の1905年1月のことです。
それまでのタイトルであった「サンギネール諸島付近の美しい海」と同タイトルのモークレールの小説は人生の機微を含んだような少し哲学的ともとれる内容で、個人的にはその内容を描写した音楽のようには感じません。
変更後のタイトルの方がしっくりくるように思いますが、作品全体を通してあまり標題や副題の先入観にとらわれることなく楽しむのが良いようにも感じます。
第2楽章「波の戯れ」
様々な色彩に変化をみせる旋律の断片が複雑に絡み合ったような印象を受けます。
それは不規則にぶつかり戯れる波のようでもあり、音楽は一方向へは進まず自由に変化していくような感じがします。
戯れるようにぶつかり、弾け、しぶきと散っていた波はやがて穏やかさを取り戻し、最後は凪が訪れたかのように静かに第2楽章を終えます。
第3楽章「風と海の対話」
不気味にうごめく打楽器と低弦楽器が来るべき嵐を予兆しているようです。
第1楽章冒頭で現れた動機が再現され波は徐々に大きなうねりになっていきます。
度々現れるホルンの響きは海の上を吹き渡る風の音でしょうか。
荒れ狂う嵐が収まると海は再び美しく神秘的な表情をみせます。
ドビュッシーならではの幻想的で色彩感あふれる響きが印象的です。
音楽はドラマティックに高揚した後、再び激しさを増しクライマックスを迎えます。
ドビュッシー|交響詩「海」youtube動画
ドビュッシー 交響詩「海」-管弦楽のための3つの交響的素描-
第1楽章「海上の夜明けから真昼まで」(00:30)
第2楽章「波の戯れ」(10:00)
第3楽章「風と海の対話」(17:40)
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)
パーヴォ・ヤルヴィは1962年生まれ、旧ソ連のエストニア出身の指揮者です。
指揮者ネーメ・ヤルヴィを父に持ち、弟も指揮者と言う音楽一家に育ちました。世界の著名なオーケストラの指揮台に立ち、日本のNHK交響楽団の首席指揮者も務められているのでメディア等で見かける機会も多いかと思います。今回ご紹介したhr交響楽団の名誉指揮者も務められています。
ドビュッシー|交響詩「海」おすすめの名盤
管理人おすすめの名盤はこちら!
ドビュッシー:神秘劇『聖セバスティアンの殉教』抜粋
ドビュッシー:交響詩『海』-3つの交響的素描
ラヒェル・ハルニッシュ(ソプラノ)
エテリ・グヴァザヴァ(ソプラノ)
スイス室内合唱団
クラウディオ・アバド指揮
ルツェルン祝祭管弦楽団
収録時期:2003年8月14日
収録場所:ルツェルン音楽祭コンツェルトザール
2003年、その前年にベルリン・フィルの芸術監督を辞任したアバドが新しく芸術監督に就任したルツェルン祝祭管弦楽団を率いて登場したルツェルン音楽祭での演奏を収録した映像作品です。
アバド自身が設立したマーラー室内管弦楽団のメンバーを中心に、ベルリン・フィルで長年名演奏の数々を共にしてきたフルートのエマニュエル・パユ、オーボエのアルブレヒト・マイヤーをはじめとする主要メンバーの他、クラリネットのザビーネ・マイヤーなど著名な奏者の多数参加する豪華なオーケストラです。
こちらの映像はレーベルの公式チャンネルで公開されていますので、youtubeで視聴してから購入すると良いと思います。
ドビュッシー 交響詩『海』アバド指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
「Amazon Music Unlimited」なら、カラヤン&ベルリン・フィル、ラトル&ベルリン・フィル、ブーレーズ&クリーヴランド管、デュトワ&モントリオール響、バーンスタイン&サンタチェチーリア管、バレンボイム&パリ管、アンセルメ&スイス・ロマンド管、ショルティ&シカゴ響、等々いろいろな録音が聴き放題で楽しめますよ!
いかがでしたか?こちらの作品もぜひ聴いてみてください!
お役に立ちましたらクリックをお願いします。
参考資料:「海 (ドビュッシー)」『フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)』2020年3月7日 (土) 01:45 URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/海_(ドビュッシー)
「ブルゴーニュの丘に打ち寄せる波 – 海辺の創造力」『Web版 有鄰 第559号』URL:https://www.yurindo.co.jp/yurin/12567/3
沼野 雄司著「C. ドビュッシーの《海》研究序説 : 第1曲を中心 に」『研究紀要』1999.12.20
「ドビュッシー :海」『ピティナ・ピアノ曲辞典』URL:https://enc.piano.or.jp/musics/3026