ヤナーチェク「シンフォニエッタ」【解説と名盤、youtube動画】

まずはダイジェストで聴いてみよう!

オーケストラの後ろにずらりと並ぶトランペットが流麗なファンファーレを鳴り響かせます。

オーケストラはそのファンファーレを華やかに飾るようにトリルで装飾された音符を堂々と奏でます。

まずは第5楽章のクライマックスの部分をダイジェストで聴いてみましょう。

サイモン・ラトル指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

作曲の背景

シンフォニエッタ 作品60は現在のチェコ共和国にあるモラヴィア出身の作曲家レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)が1926年、72歳の時に作曲した作品です。

ヤナーチェクは作曲活動と並行して、モラヴィア地方の民謡など民族音楽を研究し、発話旋律と呼ばれるチェコ語の会話の中にみられる抑揚を旋律に置き換えて研究していました。

その論文の中には、わずか20歳で病のために亡くなった娘オルガが息を引き取る際の最後のため息を採譜した旋律も含まれていたそうです。

1917年、この年63歳になるヤナーチェクはある一人の女性と出会います。

彼女の名前はカミラ・シュテスロヴァー(1891-1935)、ヤナーチェクより38歳年下の子持ちの既婚女性です。

カミラ・シュテスロヴァー(1917年)

ヤナーチェク自身も1881年に結婚し家庭を持っていましたが、なんとこの親子以上年の離れた既婚女性に一目惚れしてしまいます。

以降ヤナーチェクは生涯にわたってこのカミラにラブコールを送り続け、カミラの家族ぐるみで交流を続けると言う何とも奇妙な関係を続けることになります。

ヤナーチェクがカミラに送り続けた手紙は700通近くに及んでいます。

カミラと出会った翌年の1918年、モラヴィアは長年ハプスブルク家が統治したオーストリア=ハンガリー帝国の支配からチェコスロバキア共和国として独立します。

今回ご紹介する「シンフォニエッタ」は1926年に行われたチェコスロヴァキアの愛国的な体操団体である「ソコル」「第8回ソコル祭典」のために作曲されたと言われていますが、作曲の着想自体はこの前年の1925年にカミラと一緒に聴いた軍楽隊の野外コンサートで思いついたと言われています。

この時着想を得たアイデアをもとに、祖国が長年の支配からようやく独立した開放の喜びを晴れやかなファンファーレに込めて作曲した「シンフォニエッタ」には、当初、各楽章に描写的な標題が付けられていて、ヤナーチェクが人生の大半を過ごしたモラヴィアの中心都市ブルノの情景をモチーフに作曲されています。

ブルノの景観

「シンフォニエッタ」とは「小さな交響曲」を意味していますが、形式的には交響曲に用いられるソナタ形式やロンド形式によらず、より自由な形式で書かれています。

カミラとは結局、結ばれることはありませんでしたが、彼女を一途に想い続けたヤナーチェクの恋心は創作活動にも大いに刺激を与えたようで、それまでは国際的には無名に等しかったヤナーチェクはカミラと出会った晩年の10年ほどの間に多くの代表作を遺しています。

余談ですがこの作品は村上春樹の長編小説『1Q84』の中で登場することでも有名です。

ヤナーチェク「シンフォニエッタ」解説

第1楽章:Allegretto

第1楽章は通常のオーケストラ以外に編成された「バンダ」と呼ばれるファンファーレ隊とティンパニのみによって演奏される独特の構成で書かれています。

「バンダ」自体は他の作曲家の作品にもよく用いられますが、この「バンダ」の演奏を中心として1つの楽章を構成していると言うのは他の作品には見られないことです。

しかもヤナーチェクはこの作品でトランペット9、バス・トランペット2、テナーチューバ2と言う大変大規模な「バンダ」を編成しています。

この大規模なファンファーレ隊によって奏でられる旋律は、その威容とは異なり川の流れを感じさせるようなおおらかで独特の雰囲気を持ったものです。

この独特の旋律は、全ての音がピアノの黒鍵にあたる5つの派生音で構成された五度の音程が平行に移行していくことで生まれています。

三和音の第三音を欠いたこの五度音程は、長調とも短調とも判断できず「空虚五度」と呼ばれ、その五度音程が平行に進行することは従来の伝統的なクラシック音楽の作曲様式からすると禁則事項とされてきました。

この「空虚五度」をあえて冒頭のファンファーレの旋律に使うことで、哀愁を帯びたような独特の雰囲気を醸し出しているのですね。(譜例①)

譜例①:第1楽章冒頭部分

そして、このファンファーレはヤナーチェクが想い人であるカミラとともに聴いた思い出の1ページでもあり、また長い忍従の歴史の末にようやく勝ち取った祖国独立の勝利の凱歌でもあるわけです。

第2楽章:Andante

第1楽章から雰囲気はがらりと変わり、舞曲風の明るい音楽で始まります。当初「城」と名付けられていたこの楽章の冒頭旋律はモラヴィアの民族舞踊を参考にしているのでしょうが、どこか滑稽な雰囲気もするその旋律は日本の祭り囃子にも共通する雰囲気を感じます。(譜例②)

譜例②:第2楽章冒頭・オーボエ譜

この舞曲風の愉快な旋律が終わると、冒頭にも現れた執拗な反復音型に乗って牧歌的な旋律がフルートとオーボエによって奏でられます。(譜例③)

譜例③:演奏動画(03:24)

この旋律は様々な楽器でリレーされた後、次の旋律へと引き継がれていきますが、ヤナーチェクらしい何とも言えない独特の不思議な旋律が印象的です。

やがて第1楽章を彷彿とさせるファンファーレの断片が現れ、反復音型の上でオーボエが静かに旋律を奏でると冒頭の舞曲風の旋律が再び奏でられ終曲します。

ブルノにあるシュピルベルク城

第3楽章:Moderato

「ブルノの王妃の修道院」と名付けられていた第3楽章は幻想的な雰囲気のモデラート(中くらいの速さで)ではじまります。

付点のリズムが印象的なゆったりとしたフレーズは舟歌の様にも聴こえます。(譜例④)

譜例④オーボエ譜:演奏動画(10:00)

Con moto(動きをつけて)と指示されテンポが速くなる部分からは先ほどの旋律の中にも含まれていた八分音符と付点四分音符の音型が曲を支配しだします。(譜例⑤)

譜例⑤:演奏動画(10:52)

金管楽器によるこの音型と木管楽器による細かい音型の応答が繰り返され、冒頭の旋律を挿んだ後、トロンボーンのソロが奏でられます。(譜例⑥)

譜例⑥:演奏動画(11:49)

この旋律は様々な楽器に引き継がれながら高揚した後、急速にテンポを速め先ほどの譜例⑤の音型を激しく奏しますが、木管の細かい連符を挿んで冒頭の旋律に回帰し、最後は静かに終曲します。

第4楽章:Allegretto

「古城に至る道」と名付けられていた第4楽章はトランペットによる軽快なリズムが印象的な主題からはじまります。(譜例⑦)

譜例⑦:第4楽章冒頭部分

途中、弦楽器が浮遊しているかのような旋律を奏でたり、急に転げ落ちるかのような旋律を奏でたりしますが、その間もこの冒頭の主題が形を変えながら執拗に反復されます。

最後は急速にテンポを速めて分散和音を奏でる中、不意に終曲します。

第5楽章:Andante con moto

「市庁舎」と名付けられていた終楽章はフルートが奏でる哀愁を帯びた美しい主題ではじまります。(譜例⑧)

譜例⑧:第5楽章冒頭部分

この主題と弦楽器が紡ぐ波のような音型の応答が繰り返された後、木管楽器によるソロがリレーされます。

木管楽器の細かい音型によるざわつき、調子っぱずれのようにも聴こえる甲高い旋律、咆哮するバンダのトランペット、楽曲が混沌としていく中、やがてテナー・チューバの響きに導かれて第1楽章冒頭のファンファーレが聴こえて来ます。

今度は第1楽章とは異なり、バンダが奏でるファンファーレにオーケストラがトリルで華やかに装飾された音符を身にまとい、壮麗に飾り立てます。

木管楽器と弦楽器のトリルは絶えることなく、最後まで金管楽器の輝かしい響きを装飾しながら終曲します。

ブルノ旧市庁舎

ヤナーチェク「シンフォニエッタ」youtube動画

ヤナーチェク:シンフォニエッタ 作品60
第1楽章(00:20)
第2楽章(02:40)
第3楽章(08:40)
第4楽章(14:12)
第5楽章(17:13)

サイモン・ラトル指揮:ロンドン交響楽団

ヤナーチェク「シンフォニエッタ」名盤

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【収録曲】
ヤナーチェク
1.シンフォニエッタ
2.タラス・ブーリバ
3.序曲『嫉妬』
4.『利口な女狐の物語』管弦楽組曲(ターリヒ編曲)

サー・チャールズ・マッケラス指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団


録音:1980年(1,2)、1982年4月(3)、1978年(4)

やや残響が長いようにも感じますが、教会の中で壮麗なファンファーレが鳴り響いているようで曲想にあっている録音だと思います。

金管楽器の壮麗な響きとウィーン・フィルの美しい弦楽器セクションが奏でる幻想的な響きのコントラストも印象的な1枚です。

ヤナーチェクのもう一つの代表作「タラス・ブーリバ」が収録されているのも魅力ですね。

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まとめ

ヤナーチェク作曲の「シンフォニエッタ」・・・いかがでしたでしょうか?

あまり演奏される機会は少ない作品かも知れませんが、村上春樹の『1Q84』で取り上げられたことでにわかに注目を集めたようですね。

私がこの作品を初めてレコードで聴いたのは中学生の時ですが、率直な感想は「不思議な雰囲気の曲」でした。

専門家でもない私が言うのもなんですが、そのオーケストレーションは洗練されているとは言い難く、音響的な効果と言う点では演奏するオーケストラも聴かせるのが難しい作品のように感じます。

しかし、その不思議な雰囲気の旋律と響きは、聴いた後もなぜか耳に残る魅力を秘めています。

当時は作曲の経緯なども知らないまま聴いていましたが、ヤナーチェク72歳の作品で、しかも10年以上に渡って38歳も年下の人妻に熱を上げていたなんて驚きです!

しかし、その飽くなき情熱が晩年にしてこの斬新な作品を生み出したのでしょうね?

最後までお読みいただきありがとうございます。チェコと関りの深いこちらの作品もぜひ聴いてみてください!

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