ビゼー「カルメン」【あらすじと解説、名盤】
目次
「カルメン」第1幕への前奏曲
これから始まるドラマティックな物語のオープニングにふさわしい、あまりにも有名な闘牛士のテーマです。
まずは単独で演奏されることも多い、第1幕への前奏曲(前半部分)を聴いてみましょう。
チョン・ミュンフン指揮:フランス放送フィルハーモニー管弦楽団
作曲の背景
「カルメン」はフランスの作曲家、ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)が作曲したオペラです。
若い頃から作曲家としてだけではなく、ピアニストとしての腕前もフランツ・リスト(1811-1886)などから高く評価されていたビゼーですが、本人はピアニストとしてよりもオペラ作家としての成功を夢見ていたようです。
19歳の時に受賞したローマ大賞の副賞であるローマへの留学を終えたビゼーはパリに戻った後、幾度となくオペラをはじめとする舞台作品の作曲に取り組みます。
その中には完成したものも計画の途中で頓挫したものもありますが、計画途中のものも含めると30曲近くの舞台作品を作曲しています。
これらの作品の中には一定の評価を得た作品もありますが、大きな成功を収めるには至りませんでした。
そんなオペラ作家としての成功を夢見たビゼーが人生の最後に取り組んだ作品がこの「カルメン」です。
1873年、同時代のフランスの小説家、プロスメル・メリメ(1803-1870)の小説「カルメン」を元にアンリ・メイヤックとリュドヴィク・アレヴィが書いた台本で作曲に着手しますが、物語が道徳に反する内容を含むことから劇場側から拒否されます。
ビゼーは仕方なくオペラ座のために別の作品の作曲に着手しますが、上演を予定していたサル・ル・ペルティエは同年10月28日、火災のため消失してしまいます。
このためこの計画も頓挫してしまったビゼーは台本に手を加えて再び「カルメン」の作曲に注力します。
歌以外の台詞もあるオペラ・コミックの様式で完成された「カルメン」は1875年3月3日にパリのオペラ=コミック座で初演されますが、評価はあまり芳しいものではありませんでした。
失意のビゼーは持病の扁桃炎もあり、パリを離れてセーヌ川河畔のブージヴァルに静養に出かけますが、到着の翌日1875年6月3日に36歳にして急逝してしまいます。
「カルメン」の初演から丁度3か月後のことでした。
既に台詞を含まないグランド・オペラへの改作依頼が来ていた「カルメン」は、その後ビゼーの友人であったエルネスト・ギロー(1837-1892)が改作を担当し、ウィーンでの上演にこぎつけます。
その後、この作品がオペラ作品を代表する世界的な人気作品となったのは言うまでもありません。
ビゼーの代表作として知られる「カルメン」と「アルルの女」はいずれも最晩年の作品です。
当時も一定の評価は受けていたことでしょうが、その後、全世界でこれ程の知名度を得たとは知らずにこの世を去ってしまったビゼー、100年以上たった今でも変わらず名作として愛され続けていることをきっと天国で誇らしく思っていることでしょう。
「カルメン」あらすじ
ここではオペラ「カルメン」のあらすじを簡単にご紹介します。登場人物は他にもいますが、わかりやすく解説するために主要な登場人物のみご紹介しておきます。
カルメン(メゾ・ソプラノ)・・・タバコ工場で働くジプシーの女
ドン・ホセ(テノール)・・・カルメンに恋する衛兵の伍長
ミカエラ(ソプラノ)・・・ホセの許嫁
エスカミーリョ(バリトン)・・・カルメンに恋する闘牛士
スニガ(バス)・・・ドン・ホセの上官
あらすじの中に記した主要な楽曲に関しては次の項で抜粋動画を掲載していますので、あわせてご覧いただきお楽しみください。
第1幕:セビリャ、タバコ工場前の広場
兵たちの集まる広場へ、衛兵(竜騎兵)の伍長ドン・ホセを訪ねて許嫁のミカエラがやってきますが、不在を知り出直すことにします。
トランペットが兵の交代を告げるとドン・ホセが兵たちを引き連れて行進してきます。続いて子供たちもその行進をまねてついてきます。(衛兵の交代)
タバコ工場の休憩を告げる鐘が鳴ると働いている女たちがタバコを吸いながら出てきて、その女たちを目当てに広場には男たちも集まりますが、男たちが目当てにしているジプシーの女、カルメンはまだ現れません。
そこへ周囲の目を一身に集めながらカルメンが登場し、男たちは振り向いてくれる様に口説きますが、カルメンは「恋は野の鳥、決してなつくことはない」と歌い、そこにいた一人カルメンに関心を示さないホセに手にした花を投げつけます。(ハバネラ)
カルメンたちは工場に戻り、そこへ再びミカエラがやってきてホセと再会します。ホセの母親の手紙を預かってきたミカエラはホセと母親について親しく語り合います。
母からの手紙を読み、ミカエラと一緒になることを誓うホセでしたが、そこへ工場で働く女たちが「助けて!」と叫びながらやってきます。
工場で喧嘩騒ぎが起こり、その張本人として連行されてきたカルメンを牢獄へ繋いでおくように上官のスニガにホセは命じられます。
カルメンは一緒にセビリャの城壁近くの酒場に行こうとホセを誘います。(セギディーリャ)
カルメンに誘惑されたホセはついに縄をほどき、カルメンを逃がしてしまいます。
第2幕:セビリャの城壁近く、リーリャス・パスティアの酒場
酒場ではカルメンや多くの男女たちが酒を片手に踊り、騒いでいます。(ジプシーの歌)
そこへ花形闘牛士のエスカミーリョが登場し、皆に請われるままに「乾杯しよう!」と高らかに歌います。(闘牛士の歌)
そのエスカミーリョは目を付けたカルメンを口説きますが、軽くあしらわれその場を後にします。
皆の去った酒場でカルメンたちは密輸商人たちから密輸の仕事に誘われますが、カルメンは「ホセが来るから」と断ります。
そこへカルメンを逃した罪で営倉に入れられていたホセが、一人歌いながらやってきます。カルメンはホセのために踊ると言い歓待しますが、帰営ラッパが鳴っているのに気付いたホセは兵舎に戻ると言い出し、カルメンを怒らせます。
ホセは以前カルメンが投げつけた花を取り出し、「俺の全てを君にあげよう」と歌います。(花の歌)
愛しているなら一緒に逃げようとするはずと言いだすカルメンに、ついには別れを告げるホセでしたが、そこへホセの上官、スニガが現れます。
カルメンを巡って争いあうホセとスニガでしたが、隠れていた密輸商人たちに捕まり、結局、カルメン共々密輸グループの仲間に加わる羽目になります。
第3幕:山の中
暗い山中でひと休みする密輸商人たち、カルメンは仲間たちとカード占いに興じていますが、カルメンに出るのは死を暗示する不吉なカードばかり。
そんな暗い山中へミカエラが許嫁のホセを連れ戻すために「何も怖くないわ」と自分を勇気づけながらひとりやってきます。(ミカエラのアリア)
そこへカルメンを追って闘牛士のエスカミーリョもやってきます。カルメンを巡ってホセとエスカミーリョは争いになりますが、カルメンをはじめとする一同が現れ、二人を止めます。
エスカミーリョはいつか決着を付けようと皆を闘牛へ招待するとその場を去っていきます。
その時、物陰で隠れていたミカエラが見つけられホセと再会します。一緒に帰ろうと哀願するミカエラでしたが、ホセはカルメンと離れないと拒みます。
ミカエラは最後にホセの母親が危篤だと告げるとカルメンに「必ず戻ってくる」と言い残しミカエラと共に去っていきます。
第4幕:闘牛場の前の広場
多くの人で賑わう闘牛場の前の広場へ闘牛士たちが入場してきます。その中にはエスカミーリョとカルメンの姿もあります。
カルメンの友人たちがホセが来ているから用心するようにと知らせますが、カルメンは「彼なんか怖くはないわ」と気に留めません。
闘牛場へと人々が入場すると残されたカルメンの元へホセが姿を現します。
ホセは過去は忘れて二人で新しい人生をはじめようとカルメンに迫りますが、私たちの仲はもう終わったとカルメンは相手にしません。
それでも食い下がるホセに「殺されようともエスカミーリョを愛している」と言うカルメン。
自分の贈った指輪を投げ捨てたカルメンを見て激昂したホセはついにカルメンを刺し殺してしまいます。
「俺が殺した!」と叫びながらカルメンの名を呼び続けるホセの声を最後にオペラは幕を閉じます。
オペラ「カルメン」よりyoutube動画
ここではあらすじの中で触れた主要な楽曲の動画と歌詞の和訳を抜粋してご紹介しています。
動画はいずれもyoutubeに公式にアップされているものですが、演出によってかなりイメージが異なり、中には時代背景も変わってしまっているものもありますので、その辺も含めてお楽しみください。
「カルメン」第1幕より「ハバネラ:恋は野の鳥」
メトロポリタン・オペラ
カルメン:エリーナ・ガランチャ
恋は野の鳥誰も手なずけられない、
引用:「ハバネラ (アリア)」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
呼んでもまったく骨折り損で、
ふさわしくない時にはやって来ない。
脅してもすかしてもどうにもならない。
ある者はおしゃべりで、ある者は無口、
私は好きなのは無口の方。
彼は寡黙、だけど私は見た目が好き。
「ハバネラ」はキューバの民族舞曲で、その後船乗りたちによってスペインに伝えられ人気となりましたが、ビゼーはスペインの作曲家セバスティアン・イラディエル(1809-1865)が作曲した「El Arreglito」と言うハバネラをスペインの民族音楽と勘違いしてこの作品に流用しています。
ハバネラの特徴的なリズムに乗って、カルメンの奔放な恋心を歌う歌詞が半音階で下降する気怠い旋律に乗って歌われます。
「カルメン」第1幕より「セギディーリャ」
メトロポリタン・オペラ
カルメン:エリーナ・ガランチャ
ドン・ホセ:ロベルト・アラーニャ
セビリャの城壁のそばの
引用:ビゼー「カルメン」監修:永竹由幸 企画協力:サウンドバンク 新潮社
なじみの飲み屋はリーリャス・パスティーア、
あたしは行こう、セギディーリャを踊り、
白ぶどう酒を飲みに!
・・・
そう、でも独りじゃ味気ない、
楽しむならば二人連れ・・・
そこであたしのお相手に
惚れた男を連れてこう!・・・
「セギディーリャ」はスペインの民族舞曲で、カルメンが囚われの身から逃れるために魔性の女ぶりを発揮する場面で歌われる歌です。
「カルメン」第2幕より「ジプシーの歌」
第2幕への間奏曲(アルカラの竜騎兵)⇒「ジプシーの歌」
The Israeli Opera Festival at Masada
カルメン:ナンシー・ファビオラ・エレーラ (Nancy Fabiola Herrera)
金属音も高らかに
引用:ビゼー「カルメン」監修:永竹由幸 企画協力:サウンドバンク 新潮社
振鈴が鳴り響けば
その異様な調べに
ジプシーたちは立ち上がり
タンブリンは調子を高め
熱狂のギター弾きらは
負けじとばかりかき鳴らす!
「カルメン」第2幕より「闘牛士の歌」
ロイヤル・オペラ
エスカミーリョ:Kostas Smoriginas
あなたがた兵士に乾杯しよう、
引用:「闘牛士の歌」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
セニョール、セニョール、なぜなら兵士は
われわれ闘牛士とわかりあえる。
どちらも望んで戦いに赴くのだから。
闘牛場は満員、今日は祭りの日。
闘牛場は満員、上から下まで。
観客は我を忘れ、
大声でわめきあう。
歓声、叫び、騒ぎが
嵐のように巻き起こる。
なぜならこれは勇気の祭り、
これは勇者の祭りだからだ。
「カルメン」第2幕より「花の歌」
メトロポリタン・オペラ
ドン・ホセ:ロベルト・アラーニャ
おまえが投げたこの花は
引用:ビゼー「カルメン」監修:永竹由幸 企画協力:サウンドバンク 新潮社
おれと獄屋をともにした
枯れしぼんでも変わらずに
甘い香りを持っていた
・・・
おお、おれのカルメン!
おれはおまえのものになっていた!
カルメン、おれはおまえを愛している!
「カルメン」第3幕より「ミカエラのアリア」
Arena di Verona 2014より
ミカエラ:Irina Lungu
なにも怖いものはないと言っても
引用:ビゼー「カルメン」監修:永竹由幸 企画協力:サウンドバンク 新潮社
ああ!あたし自身なにを頼りにしたらいいの。
勇気を奮い起こしてもだめ。
心底、怖くて死にそう!・・・
たったひとり、この人気のないところで
怖いわ、でも怖れてはいけない。
あたしに勇気をお与えください。
主よ、あたしをお守りください!
「カルメン」第4幕より「フィナーレ・シーン」
メトロポリタン・オペラ
カルメン:エリーナ・ガランチャ
ドン・ホセ:ロベルト・アラーニャ
「カルメン」組曲の解説とyoutube動画
作曲の背景で触れたようにビゼーはこの作品の初演の3か月後に急逝しています。
今日、管弦楽作品として演奏されているのはビゼーの死後に編纂されたもので、一般的にはエルネスト・ギローが編曲したものを元に、オーストリアの音楽学者フリッツ・ホフマンが編曲・構成したものが「第1組曲」「第2組曲」として演奏されることが多いようですが、指揮者オリジナルの抜粋版や他の音楽家によって構成された演奏や録音も多く、CDなどの購入に際しては注意が必要です。
ここでは一般的なホフマン編の「第1組曲」「第2組曲」の曲目の解説と動画を簡単にご紹介したいと思います。
「カルメン」第1組曲
1.前奏曲(00:14)
第1幕への前奏曲の後半部分から始まります。冒頭の動画でご紹介した有名な前半部分に続き、悲劇的な二人の恋のテーマが奏でられます。(譜例①)
※参考楽譜は全てピアノスコアを用いています。
2.アラゴネーズ(01:24)
スペイン風の魅力に溢れる民族的な舞曲で、オペラでは第4幕への間奏曲として演奏されます。
哀愁を帯びたオーボエの旋律とその旋律を縫うように駆け巡る木管楽器も印象的です。
3.間奏曲(03:47)
ハープの分散和音の上で美しいフルートのソロが奏でられるとても有名な第3幕への間奏曲です。(譜例②)
3.セギディーリャ(06:37)
第1幕で囚われたカルメンが逃れるために、「一緒にリーリャス・パスティアの酒場に行こう」とホセを誘う場面で歌われる舞曲です。
4.アルカラの竜騎兵(08:31)
ファゴットが行進曲風に奏でる第2幕への間奏曲です。(譜例③)
4.闘牛士(10:04)
冒頭でご紹介した第1幕への前奏曲の前半部分です。「第1組曲」はこの有名な闘牛士のテーマで締めくくられます。
ビゼー:「カルメン」第1組曲
Boian Videnoff指揮:マンハイム・フィルハーモニー管弦楽団
「カルメン」第2組曲
1.密輸入者の行進(00:32)
第3幕、第1組曲でも使われた有名なフルート・ソロの間奏曲の後に演奏される曲です。
暗い山中を行進する密輸業者たちが登場する場面で演奏される曲です。
2.ハバネラ(04:44)
第1幕でカルメンが口説こうとする男たちに「恋は野の鳥・・」と歌う有名な曲です。(譜例④)
3.夜想曲
ここで上記でご紹介した「ミカエラのアリア」が挿まれますが、次の動画では割愛されています。
4.闘牛士の歌(07:00)
第2幕で闘牛士のエスカミーリョが登場する場面で歌われる曲です。
5.衛兵の交代(09:42)
第1幕で衛兵たちが交代してホセが登場する場面で使われる曲です。交代を告げるトランペットのファンファーレに続いて演奏されるピッコロの旋律が可愛らしく魅力的です。(譜例⑤)
6.ジプシーの踊り(12:18)
第2幕冒頭、リーリャス・パスティアの酒場で兵士やジプシーの女たちが騒いでいる場面で歌われる歌です。
「第2組曲」ではオペラの中のアリアなど歌唱部分が編曲されて使われています。上記のオペラの場面での歌唱と比べてお楽しみください。
ビゼー:「カルメン」第2組曲
Anja Bihlmaier指揮:バーミンガム市交響楽団
オペラ「カルメン」全編動画
オペラ全編をご覧になりたい方のために全編の動画をご紹介したいと思います。
字幕はフランス語のため、あらすじについては上記の解説をご覧の上、鑑賞していただければと思います。
動画はギローが編曲したグランド・オペラ版ではなく、台詞を含んだオペラ・コミック版です。
ビゼー:カルメン
第1幕(01:20)
第2幕(52:58)
第3幕(1:33:50)
第4幕(2:11:10)
パリ国立オペラ
フレデリック・シャスラン指揮:パリ国立歌劇場管弦楽団(パリ・バスティーユ管弦楽団)
カルメン:Béatrice Uria-Monzon
ホセ:Sergei Larin
※動画は指揮者のフレデリック・シャスランのチャンネルにアップされているものです。
オペラ「カルメン」の名盤
管理人おすすめの名盤はこちら!
カルロス・クライバー指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
演出:フランコ・ゼッフィレッリ
収録:1978年12月9日 ウィーン国立歌劇場
カルメン:エレーナ・オブラスツォワ
ドン・ホセ:プラシド・ドミンゴ
エスカミーリョ:ユーリ・マズロク
ミカエラ:イゾベル・ブキャナン
カルメン役に旧ソ連&ロシア、ボリショイ劇場を代表する世界的メゾ・ソプラノ、エレーナ・オブラスツォワ、ドン・ホセ役に当時37歳で圧倒的に豊かな美声と演技で魅了するプラシド・ドミンゴ、そして指揮は当時48歳の世紀のカリスマ指揮者、カルロス・クライバーとまさにスーパー・スターたちによる夢の共演の舞台です。
舞台の映像と共にオーケストラを導くクライバーの流麗なタクトに目が釘付けになります。
観客の熱狂ぶりも凄まじく、幕間の万雷の拍手喝さいがなかなか止まない臨場感あふれるステージです。
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参考資料:ビゼー「カルメン」監修:永竹由幸 企画協力:サウンドバンク 新潮社