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リヒャルト・シュトラウス「アルプス交響曲」解説とおすすめの名盤

2021年5月30日

まずはダイジェストで聴いてみよう!

ホルンの奏でる旋律はアルプスのパノラマを見ているかのように壮麗です。

アルプスの稜線を登るかのように弦楽器の旋律が上昇していくと、ついには頂上に達し、そこからは神々しいまでの太陽が姿を現すのです。

まずは「頂上にて」の部分をダイジェストで聴いてみましょう。

セミヨン・ビシュコフ指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

作曲の背景

アルプス交響曲 作品64」(Eine Alpensinfonie)はドイツの作曲家、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)が1915年、51歳の時に書き上げた交響曲です。

19世紀後半、「ドン・ファン」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」など数々の交響詩を発表したシュトラウスですが、1898年、「英雄の生涯」を最後に交響詩を書くペンを置くと、20世紀に入り今度はオペラの作曲に注力します。

1905年に作曲した「サロメ」が反響を呼ぶと、「エレクトラ」「ばらの騎士」などのオペラを次々と作曲します。

今回、ご紹介する「アルプス交響曲 」はそんなオペラの作曲に取り組んでいた時期に作曲された交響曲です。

シュトラウス自身が少年期に経験したアルプス登山の印象が元になったと言われ、1911年から作曲のスケッチが開始されましたが、作曲の構想自体はもっと早い時期からあったようです。

一般的に交響曲と言えば4楽章形式の楽曲をイメージしますが、この作品は単一の楽章からなる交響曲です。

スコア(総譜)にはアルプス登山の情景を描写したタイトルが、夜明け前から日没までの時系列に沿った形で付されていて、それらが切れ目なく演奏されます。

楽曲としてはある意味「交響詩」的な作品でもあるように感じます。

初演は1915年10月、シュトラウス自身の指揮でシュターツカペレ・ドレスデンの演奏により行われました。

「アルプス交響曲」解説

夜(Nacht)

冒頭、静かに深く沈み込むような下降音型が「夜」を描写すると、金管楽器が静かなコラール(賛美歌)のように「山の動機」を奏でます。(譜例①)

譜例①:冒頭部分

リヒャルト・シュトラウスの描くアルプスの夜は暗く不気味な雰囲気に包まれ、なかなか明けようとしませんが、やがて徐々に「山の動機」が高揚していきます。

日の出(Sonnenaufgang)

冒頭の「夜」「山の動機」が木管楽器と弦楽器の上昇音階を伴いながら高揚しきると、「太陽の動機」が輝かしく姿を現し、「日の出」を描写します。(譜例②)

譜例②:演奏動画(02:54)

実に壮大で輝かしいオーケストレーションですが、昇りゆく「日の出」の描写を下降音型を用いて表現している点も面白いですね。

登り道(Der Anstieg)

低弦が奏でる「登山の動機」は着実に歩を進める歩みのようです。(譜例③)

譜例③:演奏動画(04:10)

この旋律はなだらかに上昇していきますが、やがてそれを阻むように「岩壁の動機」(譜例④)が現れると、舞台外に配置されたバンダと呼ばれる金管群のファンファーレが遠くに聴こえる「狩りの音」を描写します。(譜例⑤)

譜例④:演奏動画(05:36)
譜例⑤:演奏動画(05:43)

森に入る(Eintritt in den Wald)

鬱蒼とした森の中に分け入っていくかのように、弦楽器の奏でるアルペジオ(分散和音)に乗って、陰鬱な旋律が奏でられます。

途中に出て来る木管楽器の旋律は、森の鳥たちが奏でる鳴き声でしょうか。(譜例⑥)

譜例⑥:演奏動画(08:09)

小川に沿って歩く(Wanderung neben dem Bache)

弦楽器と木管楽器が細かい音型で描く小川のせせらぎを耳にしながら、アルプス登山は続きます。

滝(Am Wasserfall)

小川のせせらぎが徐々に大きくなると、木管楽器の下降音型を伴いながら「岩壁の動機」が再び現れます。

次々とリレーされる細かい音型は水しぶきをあげながら滝つぼへと流れる清流のようです。

幻影(Erscheinung)

飛び散る水しぶきに明るい陽射しがきらきらと反射するように、弦楽器と木管楽器に加え、チェレスタやハープが奏でる細かい音型の中を、ヴィオラとチェロが美しく繊細なメロディを奏でます。

花咲く草原(Auf blumigen Wiesen)

チェロが「登山の動機」を静かに奏でると、弦楽器が明るく美しい調べで花咲く草原を表現します。

山の牧場(Auf der Alm)

牛の群れが遠くを横切るようにカウベルの音が響く中を、アルプスにこだまするアルペンホルンを彷彿とさせる牧歌的な旋律が流れます。

その背景では木管楽器が愛らしく鳥のさえずりを模倣します。

林で道に迷う(Durch Dickicht und Gestrüpp auf Irrwegen)

穏やかで牧歌的だった山の牧場の光景を描く旋律は、いつしか方向感のない旋律が絡み合い、道に迷ったことを表現します。

一度は道を見失い緊張感が高まっていきますが、最後は道が開けたかのように「山の動機」が現れ次へと続きます。(譜例⑦)

譜例⑦:演奏動画(17:17)

氷河(Auf dem Gletscher)

「岩壁の動機」が厳しい表情で現れ、アルプスの苛酷な自然を垣間見せます。

危険な瞬間(Gefahrvolle Augenblicke)

ファゴットが「岩壁の動機」を奏でるとすぐに、足元から小石が滑落するかのように半音階の下降音型が現れます。(譜例⑧)

譜例⑧:演奏動画(18:17)

しかし、登山者は再び歩みを始めるように、チェロのソロで「登山の動機」が奏でられます。

頂上にて(Auf dem Gipfel)

トロンボーンが山の頂が見えたかのように「頂上の動機」を堂々と奏でます。(譜例⑨)

譜例⑨:演奏動画(19:40)

オーボエが険しい登山を一瞬忘れさせるかのように、風に乗って運ばれてくるかのような牧歌的な旋律を奏でると、やがて「山の動機」が壮大に現れます。

「山の動機」に導かれホルンがアルプスの稜線を想わせる雄大な旋律を奏でると、ゆっくりと頂上へ昇りつめていくかのような弦楽器の美しい旋律と絡み合いながら高揚し、「岩壁の動機」を挿み、ついに頂上へ達したことを表すように「太陽の動機」が感動的なクライマックスを描き出します。

光景(Vision)

これまでに現れた様々な動機が幻想的な響きで絡み合い、その響きは頂上に達した恍惚とした満足感の中で味わう幻影のようにも感じます。

霧が立ちのぼる(Nebel steigen auf)

木管楽器が怪しげに立ち込める霧を表現しますが、ここではファゴットと共にヘッケルフォーンと言う楽器が用いられています。(譜例⑩)

譜例⑩:演奏動画(28:07)

オーボエの仲間ですが、リヒャルト・シュトラウスのいくつかの作品などを除いてはあまり使われることのない珍しい楽器です。

リヒャルト・シュトラウスの色彩感あふれるオーケストレーションには楽器の使用にも強いこだわりを感じます。

絵画に例えるなら、パレット一杯に広げた絵の具のこだわりの一色なのでしょうね。

しだいに日がかげる(Die Sonne verdüstert sich allmählich)

「太陽の動機」が現れますが、それは夜の帳が下りてくるのを予兆するかのように怪しげな響きをまとっています。

哀歌(Elegie)

弦楽器が奏でるエレジー(哀歌)の裏では、太陽の陰りを描写するかのように木管楽器の半音階の下降音型が見られます。

嵐の前の静けさ(Stille vor dem Sturm)

打楽器のロールは遠雷の音でしょうか。クラリネットがどこか寂し気な旋律を奏でると、イングリッシュホルンとフルートがこの旋律を引き継ぎます。

その裏でオーボエが奏でる短い八分音符はポツリ、ポツリと落ちてくる雨音です。(譜例⑪)

譜例⑪:演奏動画(31:39)

クラリネットやフルートの奏でる走句は山の異変に感づいた鳥たちの叫びでしょうか。

「太陽の動機」が深くどこまでも下降していくと、低弦の上昇する半音階に加え、ティンパニのロールとウインドマシーンが風雨が強まってきたことを表現します。

ウインドマシーンは布を巻いたドラムを回転させ、その摩擦音で風の音を描写する楽器です。

徐々に激しくなる風雨はやがて嵐となります。

雷雨と嵐、下山(Gewitter und Sturm, Abstieg)

激しい嵐が下降音階で描かれる中、下山を表す旋律は「登山の動機」を上下反転する形で描かれます。(譜例⑫)

譜例⑫:演奏動画(34:14)

雷雨と嵐はどんどん強まり、その様子がオルガンを伴う大編成のオーケストラを駆使して描写されます。

ここでは風を表現するウインドマシーンに加えて、雷鳴を描写するサンダーマシーンも用いられています。(譜例⑬)

譜例⑬

スコア(総譜)にはドイツ語で「Donnermaschine」と記されています。「Donner(ドンナー)」とはワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」にも登場する雷神の名前です。

次の演奏動画では少しわかりにくいので、この「アルプス交響曲」で使用される打楽器にクローズアップした短い動画をここでご紹介しようと思います。(※この動画ではサンダーシートと呼ばれる金属板を使用しています。)

ウインドマシーンサンダーシート

シアトル交響楽団youtubeチャンネルより

激しかった雷雨と嵐はやがて静けさを取り戻し、再び「山の動機」が現れます。

日没(Sonnenuntergang)

「太陽の動機」が長い音符で奏でられ、ゆっくりと太陽が沈んで行くのを表現します。

終末(Ausklang)

オルガンに続いて静かに奏でられる「太陽の動機」はコラール(賛美歌)風です。静かな祈りの様に奏でられる様々な主要動機は1日の終わりが近づいていることを告げているようでもあり、1日のアルプスの光景を回顧しているような雰囲気も漂わせています。

夜(Nacht)

冒頭に現れた夜を描写する下降音型が再現され、「山の動機」が静かに響く中、ゆっくりと夜の帳が下りるかのように終曲します。

「アルプス交響曲」YouTube動画

リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲 作品64
夜(0:00)
日の出(02:54)
登り道(04:10)
森に入る(06:22)
小川に沿って歩く(11:06)
滝(11:45)
幻影(11:59)
花咲く草原(12:43)
山の牧場(13:36)
林で道に迷う(15:54)
氷河(17:21)
危険な瞬間(18:17)
頂上にて(19:39)
光景(24:30)
霧が立ちのぼる(28:07)
しだいに日がかげる(28:26)
哀歌(29:14)
嵐の前の静けさ(31:07)
雷雨と嵐、下山(34:08)
日没(37:46)
終末(39:41)
夜(45:42)

セミヨン・ビシュコフ指揮:ケルンWDR交響楽団

「アルプス交響曲」おすすめの名盤

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リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲 op.64

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1980年12月

リヒャルト・シュトラウスがアルプスを描いた壮大な音絵巻が、カラヤンの壮麗な演奏で見事に紡ぎ出されます。

カラヤンならではの豪華絢爛な響きと流麗な演奏がこの作品にぴったりとマッチした1枚です。

アルプス交響曲より「頂上にて」

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まとめ

リヒャルト・シュトラウス作曲の「アルプス交響曲」いかがでしたでしょうか?

アルプスの山々の広大なパノラマを、1日の時間の経過と共に、巧みなオーケストレーションで描いたリヒャルト・シュトラウスの大作です。

1898年に作曲した最後の交響詩「英雄の生涯」では、真偽の程は別として、自身の生涯を描いたと言われていますが、この「アルプス交響曲」でも夜に始まり、夜に終わるアルプスの様々な姿と、そこへ立ち向かうように歩みを進める人間の姿に、シュトラウス自身の人生を投影しているような雰囲気も個人的には感じます。

あまりタイトルやストーリー性にとらわれずに楽しむのも良いでしょうし、タイトルからイメージする光景を頭に描きながら聴くのも良いでしょう。

ぜひ、あなた自身の楽しみ方を見つけてみてくださいね!

最後までお読みいただきありがとうございます。こちらの作品もぜひ聴いてみてください!

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