シューマン 交響曲第3番「ライン」

まずはダイジェストで聴いてみよう!

弦楽器が奏でる厳かな旋律に低弦がドラマティックな楽句を何度も挿入します。

金管楽器が奏でる荘厳な讃美歌はやがて静けさと共に消え去っていきます。

まずは第4楽章の最後の部分をダイジェストで聴いてみましょう!

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

作曲の背景

交響曲第3番 変ホ長調 「ライン」作品97はドイツの作曲家、ロベルト・シューマンが1850年に作曲した交響曲です。

シューマンは生涯に4つの交響曲を遺していますが、交響曲第4番は1841年に作曲した作品を今回ご紹介する交響曲第3番「ライン」を書いた翌年の1851年に改訂した後に出版しているため、実質的にはシューマンが作曲した最後の交響曲になります。

この年の9月にシューマンはそれまで住んでいたドレスデンを離れデュッセルドルフに移ります。

これは革命の機運が高まり混乱するドレスデンを避け、デュッセルドルフの管弦楽団と合唱団の音楽監督のポストに就くためでした。

そしてその年の内にケルンまで旅をしケルン大聖堂で行われたケルン大司教の枢機卿への就任式を見学し大いなるインスピレーションを受けたとされています。

この年は本作品だけでなくチェロ協奏曲も書き上げていてシューマンの旺盛な創作意欲が見て取れます。

「ライン」のタイトルはシューマン自身が付けたものではありませんが、シューマンが若い頃からライン川と付近の美しい景観に感動を覚え、様々なインスピレーションを受けていたことは遺された書簡からも伺えます。

30代を過ぎたころから徐々に精神を病んでいくシューマンですが、ライン河畔に位置するデュッセルドルフに移り、その美しいラインの景色にしばしの心の安穏を取り戻したかのように作曲に集中した時期でもありました。

しかし平穏な日々は長くは続かず、再び精神を病んでいくシューマンが幻聴に悩まされた上、ライン川に身を投じるのは4年後の1854年のことでした。

幸い救助されたシューマンでしたがそのまま回復することなく2年後の1856年に46年の生涯を閉じます。

楽曲解説

第1楽章 Lebhaft

冒頭からの朗々とした第1主題が印象的です。木管楽器が奏する第2主題は少し憂いを帯びています。

「Lebhaft」は「生き生きと」と言う意味で、まさしく滔々と流れるライン川の生命力を感じさせるような曲想です。

第2楽章 Scherzo : Sehr mässig(9:25)

滑らかで穏やかな旋律が心和む印象を与えます。私にはライン川を船で下っている船頭が鼻歌でも歌っているようなイメージが浮かびます。

第3楽章 Nicht schnell(15:30)

木管によって演奏される主題は柔らかく優しい表情を見せます。音階を上がる弦楽器の旋律は静かにそれに応えるかのようです。

第4楽章 Feierlich(20:40)

「 Feierlich」は「荘厳に」と言う意味でケルン大聖堂で行われたケルン大司教の枢機卿への就任式にインスピレーションを受けて書かれたとされています。

厳かな讃美歌風の旋律を繰り返しながら高揚していく様に感動を覚えます。

第5楽章 Lebhaft(26:33)

再び「Lebhaft=生き生きと」の指示のもと快活な音楽が展開されていきます。

随所に挿まれる金管楽器のファンファーレ風の楽句も終楽章を盛り上げます。

最後は壮大な雰囲気の中で華やかに終曲します。

全曲版を聴いてみよう!

シューマン 交響曲第3番 変ホ長調 「ライン」作品97

クリストフ・エッシェンバッハ指揮 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団

いかがでしたか?シューマンの他の作品もぜひ聴いてみてください!

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