エルガー「エニグマ変奏曲」【解説とyoutube動画】
目次
まずはダイジェストで聴いてみよう!
美しく慈愛に満ちた弦楽器の調べが徐々に高揚していくと、大きくうねる弦楽器の豊かな響きの中に包まれたかのような感覚になります。
まずは第9変奏 「Nimrod」(ニムロッド)をダイジェストで聴いてみましょう。
サイモン・ラトル指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
この有名な第9変奏はコンサートのアンコールなどで単独で演奏される機会も多い他、イギリスのリメンバランス・デーと呼ばれる戦没者追悼記念日でも毎年演奏されるのが恒例となっています。
イギリス国民でなくとも胸が熱くなるのは私だけでしょうか?
Remembrance Sunday London England 2009
The massed bands of the Household Division
作曲の背景
エニグマ変奏曲 作品36はイギリスを代表する作曲家、エドワード・エルガー(1857-1934)が1899年に書き上げた管弦楽のための変奏曲です。
タイトルの「エニグマ変奏曲」は通称で、原題は「独創主題による変奏曲」。
変奏曲とは主題となる旋律のリズム、拍子、和声などを変化させて展開する曲の形式で、この「エニグマ変奏曲」では冒頭の短い主題を元に14の変奏が展開されていきます。
「エニグマ」とは「謎」の意味で、各変奏曲につけられたイニシャルや愛称がひとつの「謎」を示していますが、これはエルガーに知己のある人々を示していて、既に解明されています。
この「謎」とは別に「この変奏曲は、主題とは別の、作品中に現われない謎の主題も使われている」と言うエルガーの言から作品中に別の意味を持つ主題が隠されていると言う「謎」が仕掛けられているように考えられていますが、こちらについてはよくわかっていないようです。
ある日なにげなくピアノに向かっていたエルガーの奏でる旋律に、妻のアリスが「もう一度弾いて欲しい」と言ったそうです。
それに応えて妻のためにこの旋律を即興的に変奏したのがこの「エニグマ変奏曲」の作曲のきっかけと言われています。
エルガー「エニグマ変奏曲」解説
主題(00:35)
冒頭、この変奏曲の元となる主題が演奏されます。それは少しもの悲しく、とても短い旋律です。
第1変奏「C.A.E」(02:18)
これはエルガーの妻、キャロライン・アリス・エルガーの頭文字で、主題がそのまま繰り返されたかのようで少しわかりにくいですが、よりドラマティックに時にやさしい雰囲気に変奏されています。
第2変奏「H.D.S=P」(04:12)
これは友人のピアニストのヒュー・デイヴィッド・ステュアート=パウエルの頭文字で、今度は元の主題がわからないくらいに変奏されています。彼が演奏前に指慣らしをしている情景をあらわしているそうです。
第3変奏「R.B.T」(05:04)
アマチュアの俳優、リチャード・バクスター・タウンゼンドの頭文字。パントマイムや声色を変えるのが得意だったそうで舞踏的な雰囲気やファゴットによる音色の違いが面白いですね。
第4変奏「W.M.B」(06:30)
大地主のウィリアム・ミース・ベイカーの頭文字。一転して力強く激しい雰囲気の変奏曲です。そんな性格の彼がドアを開けて出ていくところだそうです。
第5変奏「R.P.A」(07:14)
ピアニスト、リチャード・P・アーノルドの頭文字。父親は著名な詩人だそうで、まじめに話していたかと思えば突然、冗談を言うような人だったそうです。変奏中も突然オーボエやクラリネットが雰囲気を変えて話し出しますね?
第6変奏「Ysobel(イソベル)」(09:55)
エルガーのヴィオラの弟子イザベル・フィットンの愛称で、ここではヴィオラのソロが活躍します。
第7変奏「Troyte(トロイト)」(11:24)
建築家のアーサー・トロイト・グリフィスの名前。エルガーにピアノを習っていたそうですが、なかなか上達せず苦労したようです。曲調からすると少しせっかちな方だったのでしょうか?
第8変奏「W.N」(12:37)
地元のフィルハーモニー協会の事務員、ウィニフレッド・ノーベリーの頭文字。のんびりした穏やかな曲調は彼女の性格をあらわしているそうです。
第9変奏「Nimrod(ニムロッド)」(14:46)
冒頭のダイジェストでも紹介した「Nimrod(ニムロッド)」は楽譜出版社ノヴェロの編集者でエルガーの親友だったアウグスト・イェーガーの愛称。
非常に情感豊かで荘厳さも感じられるこの曲にはエルガーの彼に対する尊敬が感じられるような気がします。何度聴いても胸が熱くなる旋律です。
第10変奏「Dorabella(ドラベッラ)」(19:36)
第4変奏で登場したウィリアム・ベイカー(第4変奏)の姪ドーラ・ペニーの愛称、エルガーが大変可愛がったそうです。
第11変奏「G.R.S」(22:02)
オルガン奏者のジョージ・ロバートソン・シンクレアのことですが、この変奏は彼の人柄を表現したものではなく、彼の愛犬ダンというブルドッグが散歩の途中に川に落ち、流れに逆らって必死に泳いで岸にだどりつき、うれしそうに吠えるところを表現しているそうです。そんな風に聴こえますか?
第12変奏「B.G.N」(23:09)
チェロ奏者でエルガーの室内楽仲間のベイジル・G・ネヴィンソンの頭文字。チェロが深い悲しみを湛えたように演奏する旋律が印象的です。
第13変奏「***」(26:47)
この13変奏だけが文字が伏せられていて「謎」のままとなっています。曲中にメンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」と言う曲からの引用楽句がある点からエルガーから旅立ち、別れた女性ではないかとの推測があります。その中にはかつてのエルガーの婚約者でニュージーランドに移民したヘレン・ウィーヴァーの名前も挙がっています。あえて伏字にしたのも妻を思うエルガーなりの「忖度」だったのかも知れませんんね?
第14変奏「E.D.U」(30:19)
終曲「エドゥー」はアリス夫人がエルガーを呼ぶときの愛称です。
終曲にふさわしくこれまでの変奏の断片があらわれながら高揚していきクライマックスへと導きます。
エルガー「エニグマ変奏曲」youtube動画
エルガー:エニグマ変奏曲 作品36
ヤツェク・カスプシク指揮:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
エニグマ変奏曲 Nimrod(ニムロッド)
コンサートのアンコールピースとして単独で取り上げられることも多い第9変奏の「Nimrod」(ニムロッド)。
楽曲解説でもご説明した通りエルガーの親友だったアウグスト・イェーガーの愛称ですが、彼はエルガーの才能にいち早く気づき、なかなか大きな成功を収められずに悩むエルガーを支え助言を与えた人物です。
本作の作曲にあたってもエンディングを書き直すようにアドバイスし、エルガーもそれに応えて100小節もの書き足しを行っています。
そんな親友への友情と感謝が込められたような慈愛に満ち溢れた感動的な曲です。
今回の記事の最後にもう一度聴いてみたいと思います。
エルガー:エニグマ変奏曲 作品36より 第9変奏「Nimrod」(ニムロッド)
ミッコ・フランク指揮:フランス放送フィルハーモニー管弦楽団
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