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シューベルト「死と乙女」【歌詞と解説、名盤】

2021年2月10日

まずはダイジェストで聴いてみよう!

深い悲しみに包まれた祈るような静かな旋律は、歌曲「死と乙女」の中で「私の腕の中で、安らかにお眠りなさい」と乙女に語り掛ける死神の旋律でもあります。

まずは第2楽章冒頭部分をダイジェストで聴いてみましょう。

Quatuor Arod

作曲の背景

「死と乙女」(Der Tod und das Mädchen)作品7-3 D531はオーストリアの作曲家、フランツ・シューベルト(1797-1828)が1817年に作曲した歌曲です。

そして、この作品のモチーフを第2楽章の主題として1824年に作曲されたのが、弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D810「死と乙女」です。

今回の記事ではこの2つの作品をあわせてご紹介しようと思います。

10代の後半から既に多数の歌曲を作曲し、後に「歌曲王」と呼ばれたシューベルトが1817年、20歳の時に作曲した歌曲「死と乙女」は、ドイツの詩人マティアス・クラウディウス(1740-1815)が書いた、病に臥す乙女と死神の対話を描いた詩に曲を付けたものです。

翌1818年、通説によれば21歳のシューベルトは音楽教師として滞在したヨハン・エステルハージ伯爵の居城で、小間使の娘と関係を持ったことが原因で、梅毒に感染したと言われています。

この性感染症は現在でこそ抗生物質の投与により死に至ることは稀ですが、シューベルトが生きた時代には有効な治療法が確立されておらず、今日ではありえないことですが「万能の薬」と信じられてきた「水銀」を患部に塗布するなどの治療が施されてきました。

さらにこの病は感染後、数週間目に症状の発する第1期から10年以上の時を経て死に至る第4期まで、症状の酷い時期と無症状の潜伏期が交互に現れるため、シューベルトもこの病気特有の症状に悩まされる時期と比較的症状の軽い、あるいは無症状の期間を繰り返しながら作曲活動を行っていたことが友人たちとの書簡の中からうかがうことが出来ます。

弦楽四重奏曲第14番が作曲された1824年、シューベルトはこの病気の重い再発の症状に苦しんでいたようで、一説には治療に使われていた水銀の中毒症状も現れていたと言います。

死を強く意識したであろうシューベルトはこの弦楽四重奏曲の第2楽章に、以前作曲した歌曲「死と乙女」のモチーフを主題として用いました。

このことからこの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」の愛称で広く知られるようになりました。

3年後の1827年、ベートーヴェンの死に際し、葬儀に参列したシューベルトは、その後に友人たちと酒場に行き「この中でもっとも早く死ぬ奴に乾杯!」と音頭を取ったそうです。

その翌年の1828年、シューベルトはわずか31歳の若さでこの世を去ります。

死因は腸チフスであったとも、梅毒の治療に使われた水銀中毒であったとも言われています。

シューベルト|歌曲「死と乙女」歌詞と和訳

Das Mädchen:(乙女)

Vorüber, ach, vorüber!(行って、ああ、行って!)
geh, wilder Knochenmann!(行って、野蛮な死神よ!)
Ich bin noch jung, geh, Lieber!(私はまだ若いの、行って、お願い!)
Und rühre mich nicht an.(私に触れないで)

Der Tod:(死)

Gib deine Hand, du schön und zart Gebild!(手を差し出しなさい、美しく優しい娘よ!)
Bin Freund und komme nicht zu strafen.(私はお前の友で、罰するために来たのではない)
Sei gutes Muts! Ich bin nicht wild,(勇気をお持ちなさい!私は野蛮ではない)
sollst sanft in meinen Armen schlafen!(私の腕の中で、安らかにお眠りなさい!)

「死」を描くコラール(賛美歌)風の旋律がピアノで奏でられた後、「乙女」が迫ってくる「死」に怯えるような切迫感と緊張感のある歌を歌います。

その後、冒頭の旋律と共に「死」「お前を罰するために来たのではない」と穏やかに諭すように歌います。

ここで描かれる「死」は畏怖に満ちた恐ろしいものではなく、安息の眠りに導く穏やかなものであるように私には感じられますが、死神の語る恐るべき誘惑の言葉であると解釈する向きもあるようです。

皆さんはどのように感じますか?

そして、この冒頭のピアノの前奏部分、即ち「死」を暗示する主題が次にご紹介する弦楽四重奏曲第14番の第2楽章の主題として用いられています。(譜例①)

譜例①:歌曲「死と乙女」冒頭部分

シューベルト|歌曲「死と乙女」youtube動画

シューベルト「死と乙女」作品7-3 D531

メゾソプラノ:Margarita Greiner

シューベルト|弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」解説

第1楽章:Allegro

冒頭から力強く劇的で重苦しい雰囲気が支配する旋律が奏でられます。(譜例②)

譜例②:第1楽章冒頭部分

第1主題はすぐに目まぐるしい転調を繰り返しながら、何かが彷徨いながら切迫してくるかのような緊張感のある音楽が展開されます。

第2主題は激しく劇的な第1主題と対照的に優美で流れるような旋律となって現れますが、やがて急き立てられるような16分音符の旋律が現れ、緊張感を高めていきます。

第1楽章はこの激しく劇的な第1主題が展開される中で垣間見える、穏やかな表情の第2主題が何かの救いの様に感じる印象的な楽章です。

第2楽章:Andante con moto

第2楽章は先ほどご紹介した歌曲「死と乙女」の主題を基に5つの変奏が展開されていきます。

この主題は歌曲「死と乙女」冒頭のピアノによる前奏部分であり、忍び寄る死の影におののく乙女に諭すように語り掛ける死神の旋律でもあります。(譜例③)

譜例③:第2楽章冒頭部分

深い悲しみを湛えたような静かな主題ですが、これに続く後半部分ではかすかな光が射すように長調に転じる場面が見られます。

この主題に続く第1変奏は第2ヴァイオリンとヴィオラが三連符で刻むリズムに乗って、第1ヴァイオリンが動きのある繊細な調べを奏で、チェロはその陰でピチカートで主題を奏でています。

第2変奏では第2ヴァイオリンとヴィオラがリズムを刻み、第1ヴァイオリンは細かい音型で装飾する中、チェロが豊かな調べを奏でます。

第3変奏は弦楽四重奏が刻む力強いリズムが、馬を駆って進むかのような印象で、それはあたかも迫りくる死に抗い、立ち向かおうとするかのような強い意志を感じます。

第4変奏は第3変奏とは対照的に第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの奏でる穏やかな響きに乗って第1ヴァイオリンが三連符の流麗な調べを奏でます。

第5変奏では切迫するような第1ヴァイオリンの十六分音符の調べが、やがて他の楽器にも及び緊張感が高まった後、徐々に減衰し、最後は静かに冒頭の主題が祈るように奏でられ第2楽章を終えます。

第3楽章:Scherzo: Allegro molto

力強い響きが印象的な舞曲風の楽章です。(譜例④)

譜例④:第3楽章冒頭部分

中間部のトリオでは一転して柔らかく美しい調べが奏でられた後、再び冒頭の主題に回帰して第3楽章を終えます。

第4楽章:Presto

まるで小さくスキップするようなリズムが印象的な舞曲風の楽章です。(譜例⑤)

譜例⑤:第4楽章冒頭部分

途中からはさらに力強さが加わる中を切迫するような八分音符の旋律が縫っていきます。「タッタ、タッタ」と執拗に繰り返されるリズムの中に、「タタタ、タタタ」と言うリズムが時には力強く、時には流麗な調べとして織り込まれ、音楽にアクセントを付けているように感じます。

これらの旋律が繰り返されながら高揚した後、最後はさらにテンポを速めてリズムを刻み、力強く終曲します。

シューベルト|弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」youtube動画

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D810「死と乙女」
第1楽章(00:22)
第2楽章(11:50)
第3楽章(26:30)
第4楽章(30:27)

 Omega Ensemble

シューベルト|弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」弦楽合奏版動画

オーストリアの作曲家、グスタフ・マーラー(1860-1911)はこの作品を弦楽合奏用に編曲しています。

「死」と言うものを強く意識し、作品の中にも色濃く反映させたマーラーは、この曲に強いインスピレーションを感じたのかも知れませんね。

コントラバスが加わり、マーラーにより劇的に編曲された弦楽合奏版も聴いてみましょう。

シューベルト(マーラー編曲):弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」弦楽合奏版
第1楽章(00:13)
第2楽章(11:30)
第3楽章(25:15)
第4楽章(29:25)

Wald Ensemble

シューベルト|弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」無料楽譜

シューベルト「弦楽四重奏曲第14番《死と乙女》」無料楽譜(IMSLP)

上記のタイトルをクリックして、リンク先から無料楽譜をダウンロード出来ます。ご利用方法がわからない方は下記の記事を参考にしてください。

シューベルト|弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」名盤

管理人おすすめの名盤はこちら!

シューベルト
弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D.810『死と乙女』
弦楽四重奏曲第13番イ短調 D.804『ロザムンデ』

アルバン・ベルク四重奏団
録音:1984年

オーストリアの作曲家、アルバン・ベルクの名を冠したアルバン・ベルク四重奏団は、1979年にウィーン・フィルのコンサートマスターを務めたギュンター・ピヒラーらによって結成されました。

少し落ち着いたテンポと重厚で豊かな響き、アンサンブルも精緻でシューベルトの魅力を存分に楽しめる1枚です。

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まとめ

シューベルト作曲の歌曲「死と乙女」、そして「弦楽四重奏曲第14番《死と乙女》」いかがでしたでしょうか?

「死と乙女」と言うタイトルからは、畏怖と絶望にとらわれた陰鬱で悲しみに包まれたイメージがありますが、実際に聴かれて抱かれた印象はいかがでしたか?

確かに弦楽四重奏の方は全楽章が短調で書かれると言う珍しい作品ですが、曲想はその中にもほのかな光を感じたり、死へと立ち向かうような力強い意志を感じさせるような印象も持つ作品です。

歌曲の方も作品の解釈は様々あるでしょうが、個人的には「死を畏怖する乙女と、甘い言葉で死へ導く死神」と言うよりは「死を恐れる乙女を安息の眠りに導くように諭す神」と言ったイメージの曲想の様に感じます。

みなさんはどのように感じられたでしょうか?

最後までお読みいただきありがとうございます。こちらの作品もぜひ聴いてみてください!

「シューベルトのセレナーデ」として有名な、恋する人への想いを歌った歌曲!

アメリカの作曲家、サミュエル・バーバーが書いた、深い悲しみを湛えた名曲!

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